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結婚生活のすすめ〜scene15〜
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「ファーストミートって、茜さん知ってますか?」
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「ん?ふぁーすと?なんて?」
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「壱馬さんに…これ仕掛けましょ」
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2週間ちょっと前。
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その案をくれたのは奈々ちゃんで。
『サプライズです、サプライズ』って、にこにこ顔。
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式当日。
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まだ誰もいないその場所。
静かに開けられた扉の向こうには、壱馬くんの背中が見える。
BGMも何もない、しんとしずまり返るそこ。
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『光の帯が、天使が降りてくるみたいに見えて』
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ほんと、その通り。
ステンドグラスから伸びる色んな色の光の帯が、私と壱馬くんの間の真っ赤なカーペットの上を照らしてた。
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コツンコツン…。
自分が歩くその音だけが耳に。
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こんな風に彼の背中をじっと見た事なんてなくて。
小柄なはずのその背中がとっても大きく見えた。
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いつもはこういう畏まったとこで、笑いそうになるのに。
何でだろう…今日は泣きそうになるのを堪えるのが精一杯で。
胸の奥がいっぱいになって、視界がゆらゆらってなる。
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私の歩いてく先に、壱馬くんがいる事が、とっても嬉しくて。
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一度は別れようとした。そう決めた。
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でも…それでも、私を追いかけてきてくれて『茜さんと、未来を生きていきたい』そう言ってくれた。
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「どうしよ、泣いちゃう…」
少し上を見て、何とか涙を堪えて壱馬くんのすぐ後ろまで。
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そんな私の顔を見て、奈々ちゃんがにっこり笑ってくれて『じゃあ』って、そのタイミングをアイコンタクトで知らせてくれた。
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トントン。
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優しく叩いた彼の右肩。
ゆっくりと振り返った壱馬くんと目が合う。
ふふって、何かお互いに照れて口元に手を持ってくと、壱馬くんの目からすーって真っ直ぐ涙が落ちてって。
予想してなかったその反応に「えっ…」てなる。
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「壱馬…くん?」
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「もぉ…、こんなん無理やんか。
…えっ?もぉ。めっちゃキレイ。ん」
そう言って、私の手をぎゅって握った。
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「かわいい…で?茜さん」
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「えっ?」
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「ん?かわいい」
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「もう一回、もう一回言って?!」
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「ふふっ(笑)やからそういうのはリクエスト制やないって、いつも言うてるやん」
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初めて言ってもらった『かわいい』に、耳を疑った私。
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「だって…」
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「ずっと…ちゃんと言うてあげてへんかったやんな。でもほんま、キレイ、かわいい」
その言葉が嬉しくて自然に涙が落ちてく。
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「壱馬くん…ありがとう。いっぱい、ありがとう」
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私の『ありがとう』に「ん…ん…」ってぽろぽろ涙を零しながら何度も頷いてくれる。
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この時伝えたかった言葉は 『好き』よりも『ありがとう』だった。
…『愛』よりも、『感謝』を伝えたかった。
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「あのっ、お式がっ、もう始まるんでっ…」
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そう声をかけてくれてる奈々ちゃんは、私達2人よりも泣いてて(笑)
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「すみません、でも、無理で…ごめんなさい」って涙を拭ってた。
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「はい、これ」
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壱馬くんが胸元から引き抜いて、奈々ちゃんに手渡した自分のハンカチ。
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…そう、壱馬くんのこういうとこが、本当に好きなんだ。
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壱馬 side
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「新婦様がお呼びなんですが、よろしいですか?」
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「えっ?…はい」
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俺を呼んでる?何かあったんかな…。
スマホを確認してもそこには何の通知もない。 何か忘れもんでもしたか?
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色んな思いをめぐらせながら向かった先、開いてるチャペルの扉の向こう。
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柔らかい光が降り注いでるのが見える。
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奈々さんが「こちらへ」そう案内してくれた真っ赤なカーペットの真ん中辺り。
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「奈々さん?えっ?…これ」
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「向こう向いてて下さいね。サプライズです」
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この状況がよくわからんまま、サプライズと聞かされてバクバクする心臓。
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何?何が始まるん?
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静まり返ったその場所。
遠くから聞こえてくるコツコツって音が段々と大きくなって、すっと止まった。
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トントンって叩かれた肩。
ゆっくり振り返ると、ドレス姿の彼女が少し恥ずかし気にふふって笑って口元を抑えてる。
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すーって自分の頬を涙が落ちてくのがわかって。
意識をして…とかじゃない、自然に湧き上がった涙がどんどん落ちてく。
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「めっちゃキレイ…ん」
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近づいて握った手。
ここがキレイとか、この部分が素敵とかそんな気の効いた事は言えんくて。
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あっ…今伝えたい言葉…ある…。
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『かわいい』
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それは、ずっと言ってあげれてなかった言葉。今この瞬間以外なんて絶対なくて。
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『壱馬くん…ありがとう。いっぱい、ありがとう』
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彼女が俺にくれた『ありがとう』
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それは、俺も彼女に伝えたかった言葉。
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出逢ってくれて、好きになってくれて…、奥さんになってくれて。
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茜さん、『ありがとう』って。
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