.
.
結婚生活のすすめ〜scene13〜
.
.

.「これ、久しぶりだ!食べたかったんだよねっ」
.
.
並べられた料理に手をつけていいのか迷ってると、自分のお皿に料理をどんどん取ってく彼女。
.
『茜!壱馬くんの方が先でしょ!』ってお母さんが俺の目の前のお皿を持ち上げた。
.
.
「あっ…ごめんごめん。実家だから気が緩んじゃって…」
.
やってしまった!みたいな顔をしながら、俺の皿にも同じ位山盛り乗せられてく。
.
「お母さんの料理、ほんとおいしいから。いっぱい食べよ!ね?」
.
『いっぱい食べて』じゃなくて、自分も食べる気満々なその感じがやっぱり茜さん。
.
.
.
.
「乾杯」
.
グラスを合わすと、でっかいそれに入ってるビールを半分位まで一気に飲み干した紺野家の皆さん(笑)。
.
ほんま、間違いなく家族やなってなる。
.
.
「ほら、食べてね?壱馬くんも、遠慮しないで。
茜…すごく食べるでしょ?お酒も…」
.
「や…、まぁ、俺も割とそっち側なんで」
.
「そうなの?壱馬くん、こんなに細いのにねぇ?」
.
「ずるいよね?
食べても太らないとかさ、ほんと…どうなってるの?ってなる」
.
.
口いっぱい頬張って、もごもご言ってる彼女は、もう完全に娘モード全開。
.
.
お母さんと茜さんの、どこまでが冗談かよーわからん会話。2人してケラケラ笑ってて。
.
お父さんがそれをニコニコしながら聞いてて。
こうやって生活してたんやろな…楽しそうやな。
.
茜さんの、物事に対する考え方とか、言いたい事を言えるとことか、それはこの環境で育ったからなんやろなって。
.
.
.
.
「茜?片付け位は手伝いなさいよ!」
.
「はーい」
.
しっかり食べて、飲んで。もう腹パン。
.
.
相変わらず、少々飲んだ位では、酔っぱらうなんて事はない茜さんは、すっと立ち上がってお母さんの隣に立った。
.
.
お父さんと2人取り残されたダイニング。
.
徐に立ち上がったお父さん。
気まずいとかなんかな…と思いながら。
.
でも、ちゃんと言わな。
こういうのは、ちゃんとするもんやろ、男やったら。ってお父さんの背中を追っかけた。
.
.
「あのっ、ちょっと話し聞いてもらっていいですか?」
.
大きな窓の前に置いてあるソファに座ってるお父さんの斜め前に立った。ふーって一息ついて。
緊張で口からなんか出そう。
.
.
.
「ご挨拶が遅くなって、本当にすみませんでした。あのっ…」
.
「壱馬くん…」
.
.
その言葉に遮られてしもうて。
.
「あっ、はい」
.
ゆっくり俺に向けられた真っ直ぐな視線。
.
「…茜が決めた事に、私は何も言わない。親バカなのは十分わかってて言うけど、自分の娘の見る目には、何の疑いもないから。
信用してる。茜が選ぶ相手ならって」
.
「…っ」
.
ソファから立ち上がって、写真の並ぶキャビネット。 そこに飾られた一番隅の写真を手に取ると目尻を下げた。
.
.
「この写真…どれもね、はっきり覚えてるんだ、その時の事。
でも写真を撮った日だけじゃなくてね。
ここには飾ってないけど。
.
.
茜が、初めて歩いた日。
『お父さん』って言ってくれた日。
手を繋いで、運動会で走った日。
大学に合格してこの家を出てった日。
.
全部ちゃんと覚えてる。親バカだろ…(笑)
でも、どれも忘れようと思ったって忘れられない位大切な思い出だから。
.
…大切に、大切に育ててきたんだ。
それだけはわかって欲しい」
.
.
小学校の入学式の時の写真を手に取ってそう言うお父さんの背中は、ちょっと震えてて。
.
茜さんを思うお父さんの気持ち。
全部わかるなんて、そんな風にはとてもじゃないけど言えん。
.
でも、少しなら…俺でもわかる。
.
俺も彼女の事が大切やから。
大事やって思うから。
.
.
.
.
「茜の事、お願いします。出来がいいとはとても言えないけど、でも大切にしてやって下さい」
そう振り返って俺に深く頭を下げた。
.
.
「約束します。必ず幸せに。
大切に、一緒に生きていきます」
.
.
「ありがとう。ほら、じゃあさっきの魚、お刺身にしようかな。2人ともいっぱい食べるっていってたしし…」
.
.
そう言って目元を抑えてキッチンへ歩いてくお父さん。
向かった先、お母さんと茜さんが、よく似た優しい顔でお父さんを迎えてて。
.
.
.
口数は少ないけど、真面目で優しいお父さん。
.
ちょっと天然やけど、優しくて、さっぱりした印象のお母さん。
.
.
.
.
.
…新しい俺の家族。
.
.
.

.
…next
.
.
.