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結婚生活のすすめ〜scene8〜
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『帰ろ?』
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それに「ん…」って小さく頷いた彼女。
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『よかった』
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とりあえず、『どこ行った?』みたいな心配はしたくないし、ちゃんと謝りたいし。
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手は繋いでくれないまま、彼女のアパートへと戻る。
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外でも手を繋ぐのが普通になってたから、行先を失った右手はポケットに突っ込むしかできんかった。
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すぐそこにある左手を握る勇気はなくて。
拒絶されたら、めっちゃ凹む、俺。

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部屋に戻ったものの、お互いに何も喋らずに、ただ気まずい時間が流れてく。
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謝らなって思うのに、どっから何を謝ったらええかがわからん。
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静かに立ち上がった彼女が、お風呂に入るんか着替えを持ってバスルームに入ってくと、 聞こえるシャワーの音。
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「もー、何?何て謝ったらええんよ」
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ほんま情けないけど、いつもこういう時に先に突破口を開いてくれるのは、茜さんで。
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やから、こんな風に本気で怒ってる感じやと、もう俺はどうしてええかわからん。
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『どーしよ…』
頭の中がグルグルしてると、バスルームが開く音がして、パジャマ姿の彼女が冷蔵庫を開けてる。
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ガンってまぁまぁいい音がして、俺の目の前に置かれた缶ビール。
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「ごめんなさいしなきゃ、飲めないよ?!
今回は私悪くない!一ミリも悪くない! 絶対謝んない!!」
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その言葉が歩み寄ってくれてるって、俺はちゃんとわかる。
口調は怒ってるけど、その向こうに見える気持ちがわかるから。
俺に、謝るきっかけをくれてるって事。
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「ごめんなさい。俺が悪い…ん。
ほんま、ごめんなさい。 次、絶対行くから…一緒にもっかい行ってくれる?」
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俺がそう呟くと、ビールの蓋がプシュって開けられて目の前に差し出された。
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「はい、壱馬くん。
飲んでいいよ、でも今日は2本までね」
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真顔だったのが、ちょっとだけ笑った。
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「私は3本」
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「ずるっ」
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「ずるくないもん、おなかすいたんだもん」
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「俺やって、めっちゃ腹減ってるし」
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「「ふふっ(笑)」」
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目を合わすと、いつもと同じ笑顔。
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「じゃあ、壱馬くん作って。何かおいしいやつ!」
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「ラーメン!どう?」
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「いいねぇ、食べたい!」
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「よっしゃ」
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そう言うと、「やった」っていつもみたいにご機嫌で。
ん…やっぱり腹減ってる時ってあかんなって、2人で辿りついたのはそこで。
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「あっ!でもっ!」
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「ん?」
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急に思い出したそれ。
これだけはちゃんと言うとかないかんやつ。
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「約束したやんな?スマホの電源落とすんはあかんて」
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「あっ…勢いで。ごめんなさい」
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「あんな? 単純に心配なん、解って?
何かあったらって思うやん?
冷静になりたいからって気持ちもわからん訳やないんやけど…でも、な?」
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「じゃあサイレントならいい?」
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「んー、とりあえずそれならええわ。GPSで追っかける」
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「えっ?」
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「知らんかったん?俺、茜さんがどこにおるかわかるんやで?」
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「こわっ、えっ?ストーカー?」
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「旦那捕まえて、ストーカーはないやろ。普通にスマホ置いてきたりするやん。それの心配」
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「あ…心当たり…ん、あるね」
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「やろ?」
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ちゃんとしとるようで、やっぱり抜けてる。
これは俺ら2人ともに言える事。
やからその部分は2人で補って。
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「「いただきます」」
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作ったラーメン3人分。
一番大きい鍋の限界がこれ。
多分これじゃ食べ足りない(笑)。
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「そういやさ、不動産屋さんの高橋さんから連絡あって…新居のイメージがリアルじゃないなら、うちに一回遊びに来ませんか?って。
奥さんさ…インテリアコーディネーター?の資格あるらしくて、色々教えてくれる言うてたで?」
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「そうなんだ……プロの意見大事だよね。私全然わかんないもん。行きたい!」
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「わかった。じゃあ日程もっかい確認しとくな。
…茜さん、ラーメン足りる?」
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「んー、壱馬くんは?」
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「俺、もう1個作ろうかな…なんやけど」

「あー、じゃあ、お願いします。1個も、2個も作るのは一緒だもんね」
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「(笑)それは、食べる側の言う事やないけどな」
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「ケチケチしないの」
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「してへんわ」
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夜中に食べるラーメン。
罪悪感満載やけど、でも仲直り記念って事で、今日は特別。
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