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結婚生活のすすめ〜scene5〜

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「えっ?何時?これ…」
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部屋の中は暗くて、カーテンの隙間からの光はない。
手繰り寄せるようにスマホを手に取ると、ディスプレイに茜さんから3回の着信。
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そして、その上の時刻は19時25分。
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「はっ?」
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漫画みたいに、ガバって起き上がって、今のこの状況に背中がさーって寒くなる。
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「やっばっ」
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慌てて掛けなおした電話は、『おかけになった…』
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「あー、むっちゃ怒っとる。どーしよ」
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人は余りにも追い込まれると、意外と冷静になるもんで。
2時間以上過ぎてるって事は、もうきっと待ってるって事はない確率の方が高いよなって、 理解できる。
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とりあえず、顔を洗って着替えて…彼女の部屋へと向かった。
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タクシーの中、ここから先の作戦を考えななって、頭の中はフル回転。
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とりあえずもっかい電話してみるかって、鳴らしてみたものの、相変わらず電源は切られたまま。
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「ってか、スマホの電源切るん止めぇって言うたのに…」 ちょっとそこにイラってして。
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いやっ、ちゃうな。やっぱり。
『とりあえず、謝ろう。ん、全力で謝るしかないよな』
それしかない。
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「帰ってないか…」
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ガシャガシャってドアを開けると、中は真っ暗で。
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「帰ってくる…よな?…明日仕事やし」
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そう先を見越して、ソファに座って扉が開くのをひたすら待った。
ガシャッて玄関が開く音と一緒に小さく聞こえる「ただいま」って声。
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『よかった、帰ってきた』それが一番に思った事。
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「あんな、茜さんっ?」
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リビングのドアが開くと同時に立ち上がって、彼女の目の前で思いっきり頭を下げた。
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「ごめんっ、寝てた…」
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「一緒に行くって言ったじゃん」
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「ん…言うた。ごめん」
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「向こうの人『いいですよ、旦那様、お忙しいですもんね』って。式場の見学に女の人1 人って、普通ないよ?!みんな幸せそうなカップルばっかでさ…」
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「…ん」
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「ゲームなんて、いつでもできるじゃん。そんなの。何が楽しいのか全然わかんない。 遊んでるだけじゃん!子供じゃないんだから!」
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『遊んでる』
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落ち着いて考えたら、今、そう言う彼女の気持ちもわかるんやけど。
この時の俺は、おなかもすいてたし、スマホが繋がらんこともイライラしてたし、一気に自分の中のメーターがMAXまで上がってくのがはっきりわかった。
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もう止められんくて。
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「じゃあさ?早めに起こしてくれたらよかったんちゃん?俺の配信、長いん知っとるやろ?
遅刻せんかな?とか思ったりせん?
起きるまで鳴らしてくれたらよかったんやないん?俺やって、ずっと鳴らしてくれたら…」
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「私が何でそこまで先回りして起こすの?おかしくない?
行く気なら起きれたよね?どうにかして、起きようってするよね?それ、しなかったんでしょ?
そもそも17時だよ?普通寝てないよね、そんな時間。ゲームなんかしてるからっ!」
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「何なん?ゲームしてて起きれんかったから怒ってるん?明け方まで撮影してて寝過ごしたやったら怒らんのやろ?あんさ…、どっちも俺には、仕事やねんて」
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「私には、ゲームが仕事ってその概念はないの!」
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「俺には仕事やの!」
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「もういい!わかんないもんはわかんない!」
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「あ"ーもうええ。ちょっと今、無理!」
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「私も無理!」

そう言うと、茜さんは置いたはずの鞄をまた持って、ドアをものすごい音をさせて出てった。
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「何やねんって!ほんまにっ!」
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このイライラをどこにぶつけていいかわからんくて、手元にあった羊を、思いっきり壁に投げつけた。
そんな事したって、すっきりなんてするはずないのに。
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「はぁ…」
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ちょっ、お茶飲もう。って冷蔵庫に伸ばした手。
そこに貼ってあるカレンダーには、今日の日付のとこにピンクのハートマークがついてて。
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「はぁ…」
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『楽しみだな』ってそれを見る度に弾んでた背中を思い出す。
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「もーぉっ!悪いんは俺やって、わかってるんやって!そんなんっ!」
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グシャって握った髪の毛。
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最近仲良くやれてたのになぁ…またやってもうた。
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壁の下に転がる羊のクッションを元の位置にそっと戻した。
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もふもふなそいつの笑ってる顔に…いつもこんな風に笑ってくれる彼女が重なる。
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『八つ当たりやんな、ごめんな』
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…next

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