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「尚?俺見てるし、寝たらええで?」
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「ん、大丈夫。壱馬、コーヒー飲む?
私、クッキーも食べるけど…いる?」
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「あー、ん。じゃあ」
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結はなかなか上手に眠れん子やった。
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やっとの思いで、ベットに寝かせたのにほんの数分で「ふぇーん」って泣きだす。
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毎晩その繰り返しで、起きては眠って、眠っては起こされての繰り返し。
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尚は職場の病院に人が足りないのもあって、早々に職場復帰をして。
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仕事も家事も、育児も、まぁ結構きつそうやった。
俺が深夜に帰ったら、結を抱いたままソファで座って眠ってたり。

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俺もできるだけ…って、色々やってみたものの。
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家事は『ん、壱馬はやらなくていい』って言われるレベルで、早々にとりあげられて。
なら、もう残されてるんは結の事くらいで。
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「はい、どうぞ」
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結を抱っこ紐の中に入れてゆらゆら揺れてる俺の目の前に置かれたコーヒー。
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「ちょっとぬるいけど、ごめんね」
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もし万が一、結にかかっても大丈夫なように…。そういう事よな。
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「はい、壱馬、あーん」
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「ん?あ?」
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口を開けたら、小さいクッキーが口に放り込まれる。
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「ん。うまいな、これ」
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「ね?これ、甘すぎるかなって思ったけど、疲れてる時はいいよね、これ位が」
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立ったまま二人でクッキー食べて、湯気が微かに上がるコーヒー飲んで。
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「尚?俺ほんま、見てるしな、結の事。
寝たらええんやで?」
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「ん、ありがと。でもさ…」
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そこまで言うとふふって小さく笑って、クッキーにまた手を伸ばした。
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「ん?」
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「ちょっと楽しいから、こういうの。こんな経験なかなかないよ?夜中2時に夫婦でクッキー食べて話しするの。今しかできないって思ったら、寝るの惜しいかなってなる(笑)」
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ほんまどこまでもポジティブっていうか、体力あるわ。 一人でヒカルを育ててきただけの事はある。
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「何、二人で旨そうなの食ってんの?」
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テスト期間中のヒカルが2階からタンタンって降りてきて。
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「いや、結がさ…」 今の状況を説明すると、俺の背中に回って抱っこ紐の止め具を外した。
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「壱馬、変わって? 絶対寝かしつけは俺の方が上手いから。 お母さん、俺もコーヒー、ブラックで。クッキーも、もーらい」
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そう言いながら結を抱き上げると、途端にヒカルの顔が優しくなる。それを尚が嬉しそうに見てて。
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「眠れない時だってあるよなー、結?にぃちゃんと、起きてるか?」
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ヒカルがそう声をかけたら、結がキャッキャ笑う。
…ずるい。俺にはそんな顔せんかったのに。
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「ヒカル?じゃあ任せてい?結、寝なかったら、起こしに来て?」
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「ん、絶対寝かせられるから大丈夫。お母さんもカズマも寝ていいよ」
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笑顔で手を振られて見送られて…。
寝室に入るとパタンとスイッチが切れたみたいに横になった尚。
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『ほら、やっぱりしんどかったんやん』
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布団もかけないまま、そのまま眠ってしまった尚の
頬にチュッて触れると、さっきの結にそっくりな微笑む顔。
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『おやすみ、尚』
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『今しかできない』
ほんま尚の言うてたとおり。
3歳になった今は、ちょっとやそっとじゃ、起きやせん、うちのお姫様。
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すやすや眠るその頭を撫でるとあの頃を思い出す。
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深夜2時。
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家族3人で、結を囲んで飲むぬるいコーヒーと、甘すぎる位のクッキー。
今でもたまに、あの味が懐かしくなる。
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…fin
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キュンキュンではないけど、こういう優しいショートもたまには。
壱馬&尚ちゃんでした。
うちの娘もほんま寝れん子で…。
知らん顔して寝とる旦那を何回蹴飛ばしたか(笑)
今は、めざましなっても起きない娘になりました。

himawanco