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still…〜scene42〜
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「恐喝と、盗撮の容疑で…」
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「そうですか…」
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俺と茜さんの記事を書いたあの人は、呆気なく捕まった。
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でも、『よかった』とも、『嬉しい』ともなるわけでもなくて。
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「そうなんや」 ってただそれだけ。
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だって、今更アイツが捕まったからって、俺らの関係が元に戻る訳やないから。
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ちゃんとご飯も食べてるし、睡眠も取ってる。
仕事も、自分で今やれる限界まで、ちゃんとやってる…と思う。
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茜さんの目に触れる事がどこかであるかもしれん。そう思うから。
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『ちゃんとやれてる、大丈夫』そう思ってもらいたい。
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『離れても、もう会うことがなくても…。彼女に誇れる自分で…』その思いが今の俺を支えてる。
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「ただいま…」
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返事なんてあるはずないのに、そう言ってしまう習慣は抜けなくて。 真っ暗な部屋に声をかけた。
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『おかえり』って弾んだ声もない。
羊みたいに着込んだ彼女もおらん。
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「さむっ…」
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床暖入れて、エアコンもつけて。
あったかいはずなのに、ぬくもりが全然足りん。
体の真ん中が、いつまでたっても温度を持たない。

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「これ、いつか慣れるんかな…俺」
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彼女がいない日が、いつか普通になって…。
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そんな日が来て欲しいんか、そんな日は来ないで欲しいんか。
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「もぉ、よぁわからん…」
自分でもどうなる事を望んでるのかもわからん。
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冷蔵庫を開けると、一番上に並べてるビール。
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『一個取ったら、ちゃんと補充してよ!!』
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そう煩く言ってたなぁって。
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「一人で飲んでもな、旨ないねんな…」
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一番下の水を手に取ってパタンとそこを閉めた。

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茜side
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「仕事…どうしようかな…」
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壱馬くんとのサヨナラから2週間。
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もう泣くだけ泣いたら、そこからは前に向かうしかなくて。
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単純に生活していくには、お金も必要。
スマホを片手に、転職サイトをウロウロと。
その時に見つけた『失業保険』て言葉。
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『あっ、忘れてた』ってなった。
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そういう事務的な事に疎い私。
誰に聞いたらいいかわからないし…、ちょっと気まずいなって思いながら鳴らした会社の電話。
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「お疲れ様です。紺野ですけど…」
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「茜さん?お久ぶりです! 復帰日、決まったんですか? 早く帰ってきてくれないと、管理職、誰もいなくなっちゃいますよ、うちの課」
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「えっ?」
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復帰日?何の事?辞表を河村さんに…。
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「河村さんは? 今いる?」
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「いや、有給消化中です。今月末で辞めちゃうの…聞いてないですか?」
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退職?有給消化中?ウソ。そんなのこないだ、何も…。
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「ごめんね、またかけ直す」
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慌てて切った電話。
すぐに河村さんにかけると、3コールで「もしもし」っていつもと同じトーンの声。
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「河村さん!」
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「あー、その声はバレちゃったな、色々」
そう笑ってた。
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「えっ、何っ?退職っ、今月末?何?」
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「ちょっと落ち着け、な?(笑)
紺野?ちょっと出てこないか? 今日天気いいから。
どうせ暇だろ?」
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「えっ…はい。まぁ」
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電話の向こうに聞こえる金属音。
どこにいるんだろ、河村さん。
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「ここ?」
河村さんに呼び出された場所は、河川敷で。
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まだ2月末なのにこんなにあったかい?って気温のその日。
着てたコートを脱いで腕にかけて歩いてく。
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コートを脱いだだけなのに、何か肩が軽くなって、「ふんふん」って鼻歌も出ちゃう位。
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「あっ、咲いてる」
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道端に1つだけ咲いてるたんぽぽ。
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広い緑の中に、一つだけの黄色。
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「フライングしちゃったんだ、まぁ、仕方ないよね。こんなにあったかいんだもん」
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たった一つの黄色なのに、不思議な位『春』を感じさせてくれる。
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『あのたんぽぽ、咲いたかな…』
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あの日の記憶が…甦る。
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…next
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