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still…〜scene41〜
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「茜さん、帰ってきた?体調大丈夫そ?」
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泣きすぎて頭が痛い位やったけど、仕事に行かないなんて事はできるわけもなくて。
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隠れるように、メンバーの輪から一番遠い鏡の前に座った。 俺の背中側には陸さん。
鏡越しに俺を認識すると、そう聞かれて。
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「あっ、はい」
そう答えるのが精いっぱいやった。
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「壱馬、どしたの?」
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そう聞かれて目の前の鏡に映る自分の姿に目をやった。 目の周りは真っ赤で。
確かに、目が開け辛い感じがあって。
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「ちょっ、おいで」

洋服をひっぱられると、俺をつれて控室を出た。
誰もいない、非常階段の扉の向こう。
目にあてられた小さな保冷剤。
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「何やってんだよ、お前は」
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「…すみません」
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「今日、撮影終わったら、話し聞くから。絶対聞くから。 だから、その目どうにかしてから戻って来い、いいな?」

「…はい」

メイクさんにも「すみません」ってお願いして、なんとか撮影ができるまでにはなったけど、ちゃんと出来てるかって言われたら、『あかんやろ』って自分でも突っ込むレベル。
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「壱馬?帰ろっか…」
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どこに行かないかんわけでも、待ってる人もいてない。
そうなったら、急いで片づけるなんてそんなテンションではなくなって。
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そんな俺の隣にストンっと座ると
「ほら、約束。俺腹減ってるんだけど」って陸さんが 俺の肩を叩いた。
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「うち、来るか。昨日さ、実家から何か色々届いたから。壱馬にも青山家の味をおすそ分け」
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「ん…」
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久々に来た陸さんの部屋。 部屋の隅に置かれたサッカーボールと電子ピアノ。
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「何か部屋の中なのにさ、たまにすんげぇリフティングとかしたくなるの」って笑う。
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「ほら、何か色々あるから、適当に食べよ。こっち、壱馬」
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ダイニングの椅子をひいてくれて、俺の為に取り皿とグラスを用意してくれた。
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目の前に置かれた料理はどれもおいしそうに見えるのに、箸を取る気にはなれなくて。
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「ちゃんと食べる!あっ…野菜もな」

陸さんのその言葉に、俺の頭ん中、おいしそうに口いっぱいに頬張って笑う彼女の顔が浮かぶ。
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『あんな人、もう出逢えん。絶対…』
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ポタポタって涙が落ちてく。
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「壱馬?」
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「…別れて欲しいって言われました。ってか、『別れる』って言われました。…俺に選択肢はなかったです。彼女の中でもう決まってて」
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「ん…」
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「何でこんな事になったんやろ。 俺、茜さんがおっきい口開けて、おいしそうにご飯食べてるとことか、食べ物の話ししてる時にほんま嬉しそうにしとるとことか、大好きで…。
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『帰るん遅くなる』って連絡したら『私、先に寝てるから』とか(笑)。
料理は味見もせぇへんし…、洗濯ものも適当に畳んで靴下行方不明とかめっちゃよくあるし…」
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「壱馬…」
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「でも、むっちゃ好きなんです、ほんまに。
ずっと…一緒におれるって思ってた。
『運命』なんてオシャレな感じじゃなくて、ずーっと毎日がゆるく彼女と続いてくんやろなって俺思ってました」
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「ん…」
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「傷つけただけやったんです。 無理させて、彼女が大事にしとるもん全部奪って。
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そりゃ、『別れる』ってそう言われて当然やって、今ならわかる…、わかるんですけど。
『大丈夫だよ、これくらい楽勝』っていつもみたいに笑ってそう言うてくれるんやないかって、甘えてた…」
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俺の隣の椅子にストンって座ると、バスタオルを差し出してくれた陸さん。
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「好きなだけ泣いたらいいよ。壱馬は案外泣き虫だから普通のタオル位の大きさじゃ足んないでしょ。だから大きいのにしたよ?(笑)」
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そう言ってくれる陸さんも、顔は笑ってるけど、めっちゃボロボロ泣いてて。
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「ちょっと端っこ貸して、俺も」

「…(笑) 俺水分足りんようになります、そんなに泣いたら」
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「カラカラになっちゃうな(笑)」

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俺と同じ温度で、隣で泣いてくれる。
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「辛いよな…、ん、辛い」って。
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慰める言葉も元気づけてくれる言葉もそこにはなくて、ただ俺の隣で、バスタオルの隅をぎゅって握って、一緒に泣いてくれた。
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「陸さん、もう大丈夫。ありがとうございます」
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「よし。じゃあ、ご飯食べよ」
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「…はい」

取り皿に料理を取り分けて、それを自分の前に置いて。
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「ほら、壱馬はこっち!」
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タッパーに入ったままの大量のおかずが目の前に並べられて。
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「このまま?(笑)」
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「お前はそれ位、余裕だろ」
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「(笑)ですね」
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もう彼女はいない。
でも、『いっぱい食べて、いっぱい寝る』それは、俺も大切にして生きていきたいと。
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それは、彼女が俺に教えてくれた大事な事やから。
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…next
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今回のキーパーソンのメンバーを陸くんにしたのは、このシーンが一番しっくり来たからでした。

陸くんて同じ温度で、泣いたり笑ったりしてくれる…そんなイメージ。   himawanco


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