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still…〜scene39〜
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『THE RAMPAGEのみなさんで…』
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「えっ…」
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リビングのテレビから聞こえて来たその名前に、引き寄せられるようにその前に立った。
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引いてたカメラが、近くに寄ると真ん中にいる彼にピントがあう。
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歌い始めた瞬間。
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『唄ってない…』
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きっと、壱馬くんが『唄えない』ってそう言った意味はこういう事。
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『歌ってるのに唄ってない』
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私には、わかる。
誰にわからなくても、『私にはわかる』そう思いたかった。
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ぼんやり見てた最後、メンバーみんなが壱馬くんの周りを取り囲んで、陸くんや北ちゃんが、覗き込んだ顔。
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「あっ…笑った」
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『今ならまだ、間に合う』
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この場所に壱馬くんを戻してあげられる。
また『唄える』彼に。
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『壱馬くんの事を大切に思ってくれる人達がいる。ん、大丈夫だよ。なかった事になってもいいよ…いい』
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ずっと決められなかった答えが出た。
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自分の中に結論が出たら、思ってたよりも、気持ちが軽くなって。
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『自分で決めた』
これが私にとっては何よりも大切だった。
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夕食後。

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「紺野、海連れてって?月が海に映るのキレイなんだろ?お前言ってたよな」
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「あっ…はぃ」
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晩御飯を済ました後、『せっかく来たし、夜の海も見たい』っていう河村さんと一緒に壱馬くんと歩いたその道を。
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「やっぱり鹿児島ってあったかいのな…」
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「何か今年は特別だっておばちゃんが言ってました」
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「そっか、なるほどな」
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今日も月がキレイで。
壱馬くんと並んで見たあの日の事が…昨日の事みたい。
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「ここキレイですよ、とっても」
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「ほんと…海に映る月か。何かお前と見てるのは、微妙だけどな(笑)」
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「ふふっ(笑)、お互い様ですけどね、それ」
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「だな(笑)」
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そう言いながら、河村さんが座った隣にゆっくりと腰かけた。
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「心配して来てくれたんですよね。…ありがとうございます」
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「ん。ほっとけないんだよ、俺。お前も…壱馬くんの事も。
紺野が何でここに来てるか…俺も、壱馬くんも知ってる。心配してたよ…壱馬くん」
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「…そうですか」
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「ご両親を巻き込みたくなかった…だよな?」
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「うちって結構な田舎で。いい噂も、悪い噂も、一瞬なんです。
私、本当は大学卒業したら地元で就職する予定だったのに、
『4年したら帰るよ』そう言って上京したんです。
なのに、約束破って東京で就職して、結婚もせずに、ずるずるここまで来てて。
ほんと、ロクな娘じゃない…一人娘なのに、親孝行なんて何もしてないんです。
なのに、こんな事…ほんと最悪ですよね」
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「紺野?」
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「…もう、誰も巻き込みたくない…、だからっ」
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「ん?」
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優しいその『ん?』に抑えてた気持ちが一気に溢れだす。涙が止まらない…。
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「私…、壱馬くんの事本当に大好きでっ。
どうしようもない位、大好きなんですけど。
でもっ、それだけじゃダメだって。
好きだから、大切だから…。今が離れるべき時だってそう。
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さっきテレビで見た壱馬くん、唄ってなかった…。
でも、みんなが最後に壱馬くんのとこに集まって来た時、笑ったんですよね。
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『今ならまだ引き返せる』ってそう思って。
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壱馬くん、歌がとっても好きで。
とっても上手なんですよ?
人の心を動かせる歌が唄える人で。
『選ばれた人』で。
これからもずっと唄って欲しいから…。

だからっ、『別れよ』ってそう言わなきゃって。
東京に帰って、ちゃんと伝えなきゃって。
でもっ、でも…」
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「ん」
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「別れよなんて…言いたくない…。
本当は、ずっと一緒に居たいんですっ…。
ダメだってわかるのにっ…大好きで」
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河村さんは、海を見ながらずっと涙を拭ってて。
いい年して泣きじゃくる私に「…だよな。大好きだもんな…。ん…そうだよな」って、声をかけてくれる。

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「でも、決めたんだろ?自分で」
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「…はい、決めました」
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「お前は自分で決めたら、俺が何言ってもだめだよな?」
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「そうですね、ちょっと変わってて…私(笑)」
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「紺野、今しっかり泣いとけ。な?壱馬くんの前で…」
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「大丈夫です。わかってます。ちゃんとできます!楽勝ですから(笑)」
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「だよな、お前はそうだよな」
大きな掌が私の頭をポンって叩くと、「先戻ってる」って。
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はーって大きく息をつくと、波の音の中に「ポー」って走る船の音が聞こえて。
何かそのちょっと間抜けな音に、「ふふっ」って笑った。
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「最後位、しっかりしたおねぇさんやってやろうじゃないの」
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すっと立ち上がって、両手を思いっきり空に伸ばした。
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「帰ろ、東京」
ちゃんと、自分の言葉で最後は伝えたかった。
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