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still…〜scene38〜
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鹿児島に来てから1週間。
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何かぽつんって一人で取り残されてる感覚。
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先の事を考えなきゃって思うのに…思考回路は止まったまま。
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現実に向き合う怖さから、目を反らしたまま…。
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このままでずっとはいられない事は、自分が一番解るのに。

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ベットに座ってふと目に入ったのは、持ってきたスーツケースの中に見えるペンケース。
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それに手を伸ばしてカチャって開けると、そこには私が今まで製品化に携わった文房具がぎっしり入ってる。
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『懐かしいな』
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「これ、一番最初…」
入社して、まだ何もわからない中「紺野!お前も入れ!」って河村さんに言われて、チームに入れてもらって…。
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「こっちは、全然売れなくて、凹んだなぁ」
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『絶対売れる』って自信があって売り出したのに、全然売れなくて、大量に店舗から戻ってきたんだっけ。
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「これが個人的には一番お気に入り」
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売上はあんま上がらなかったけど、『自分が作りたいものを』それを形にできたのが、これだった。
初めて『やりきった』ってそう思えた。
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「それで…これ。売れたなぁ…ほんと(笑)」
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それを手に握ると、ポタポタってその手に涙が落ちてく。
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『THE RAMPAGE』とのコラボ商品。
私が入社してから歴代最高売上だった。
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『よかったやん!おめでとう!茜さん、すごいやん!』
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彼らとのコラボだから売れたのに…、そんな事全然頭に入ってないみたいに、ただ単純に喜んでくれた壱馬くん。
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『俺もええなって思ったんよ、これ。最初に使った時!言うたやん?サンプリングしてた時!』
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無邪気にそう言った彼の嬉しそうな顔。
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「次は、自分だけの力でこれを越えるモノを壱馬くんに、見せたかったな」
零れた独り言。
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もう、辞めたのに…、戻れないのに…。
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こんな気持ちのまま何か他の事、そんな器用にできるのかな、私…。
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「こんにちは」
二階にいても聞こえる位のその大きな声。
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『挨拶はしっかりと!誰にでも聞こえるように』入社した時、一番に河村さんに教えられた。
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「ウソっ…」
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二階の廊下から玄関を見下ろすと、そこに「よっ」って笑って荷物を持ち上げてた。
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「河村さんっ?」
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「元気か?紺野」
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もう、何でここに河村さんがいるのかなんてわかんなくて。
バタバタって駆け下りた階段。
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「えっ?何で?仕事はっ?」
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「有給残ってたから、来てみた。 仕事は…まぁ、残されたやつらでがんばれよってな」
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「そんな…」
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「お前も、壱馬君も『いいとこ』って言うからさ、一回来てみたかったんだよ。 フェリーって久々に乗ったわ、海キレイだな、ほんと」
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テンションあがる河村さんの後ろ、『あっ、いらっしゃい。カワムラさん(笑)』ておばちゃんの声がして。
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「おばちゃん知ってたの?」
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「ん、おとといだったかな、壱馬くんから連絡あって」
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そう言って河村さんと目を合わせて笑ってた。
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その日の夕方。
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「茜ちゃん、よろしくね」
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「紺野、じゃ、ちょっと行ってくる」
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おじちゃんとおばちゃんは、近所の集まりがあるとかで集会場にでかけて。
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河村さんは、ちょっと散歩に行ってくるって、私一人で晩御飯までお留守番。
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みんな今までと同じように、接してくれて。
何があったかを聞くわけでもなく。
『普通の生活』の中に私を入れてくれてる。
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その優しさが、嬉しくて…辛かった。

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急に静かになったその空間に耐えられなくて、テレビのリモコンに手を伸ばす。

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『では、歌って頂きましょう。
THE RAMPAGEのみなさんで…』
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...next
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明日はお休みしまーす。himawanco