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still…〜scene32〜
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茜さんが入院してから…。
少しの空き時間を見つけては、彼女の元へと向かった。
シンプルに『好きやから会いたい』が2割、罪悪感8割。  
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『俺のせいで…、やから、俺ができる事はなんでも』
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「いーよ、壱馬行っといで。その代わり、撮影、お前最後だかんな」
そう笑って、みんな送り出してくれる。
「会えるのは消灯時間の20時までだろ?」って。
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周りが俺に気を遣ってくれとる、痛い位わかっとる。
『仕事に私情を挟んで…』 そう言われたらそうでしかない。  
でも、この時の俺はそんな当たり前な事すらもう考えられなくて。
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「すいません。20時すぎたらダッシュで戻ります」
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飛び乗ったタクシー。
病院に着くと、ちょうど晩御飯の時間やった。
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「ちゃんと食べてますか?」
そう顔を覗かせると「えっ?」って目を大きく見開く。
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「どしたの?」
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「んー、じゃんけんで負けてもうて、撮影な…一番後になってもうたんよ。
だいぶかかるから、ちょっと顔見に来た」
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「ほんと?無理してない?」
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「してない、してない。もー何で負けてしもたんやろな」
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「壱馬くん、じゃんけん最弱なの?(笑)」
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「(笑)かもしれん」
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彼女のベットの隣に置いてある椅子に座ると、慌てて箸を持ち上げて。
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「全然食べてへんやん」
お皿の中身は、全然手がついてる風じゃなくて。
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「今から食べるとこだったの!」
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「そうなんや。こんなんで足りるん? 」
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「んーちょっと足りない(笑)」
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「ちょっと?」
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「や、だいぶ足りない(笑)」
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「やろな」
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食事中の彼女のベットの隣の椅子に腰かけて、 海外であった色んな話しを、スマホの写真を見せながらたくさんして。
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「このエビのやつおいしそう!」
「マジ美味かったわ、皿抱えて食べれる位!」
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「この景色キレイだね、日本とは違うね」
「何かな…色合いがな…赤が強い感じやったわ」
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「あっ、象に乗れるんだっけ、背中硬い?ザラザラ?(笑)」
「硬い!むっちゃ硬い。毛とか刺さりそう(笑)」
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ほんまここだけ見たら、いつもの俺らの会話。
ただ、ここが病院ってだけの話し。
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「ごちそうさまでした」
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「じゃあ、俺片づけてくるわ」
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「ん、ありがと」
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食事の終わったトレーを返しに行くと、そこに居た看護師さんが受け取ってくれた。
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「紺野さん、今日は全部食べられたのね。やっぱり一緒にいてくれる人がいると違うわね」
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「えっ…」
全部食べれたって…。
俺の知ってる彼女はこれの倍くらい量でも、ふふんって言いながら食べてる、いつもはそうやのに。
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「いつもは全部、食べてないんですか?」
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「ん…半分食べたら、がんばった方じゃないかな」
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俺がおるから、がんばって食べてるって事。
大丈夫やって、そう思われたいから無理して…。
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そういう事やと思う。茜さんて、そういう人。
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病室に戻ると、洗面台の前に立つ彼女はちょっと苦しそうに見えて。
でも、俺を認識すると、慌てて髪を梳かし始めた。
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「どしたん?髮、今?」
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「ん?だって急に来るんだもん。鏡見て、びっくりしたもん。私、頭ボサボサだったから」
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「(笑)そこ? 鹿児島おった時、もっとボサボサやったやん。ずっとすっぴんやったし」
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「えっ…まぁ、あれは。ボサボサは壱馬くんもでしょ?ちゃんとしてるの初めてみたの、 新宿のおっきい画面で、びっくりしたんだから」
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「あー、あれがハジメマシテやったんや」
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「そうだよ?『本物だった…』ってなったんだから」
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「ほんまに俺の事知らんかったんやな」
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「知名度、まだまだって事よ?がんばって!」
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「こらっ」
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「(笑)」
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鏡に映る彼女の後ろに立って、そっと抱き寄せると鏡越しに目が合う。
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「無理しとる? ごはん。
…俺がおるん、プレッシャーやった?」
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「ん?…全然。大丈夫。楽勝(笑)
早くよくなってさ、もっとおいしいものいっぱい食べたいじゃん? 病院のごはんおいしくないもん」
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無理してそんな風に言うてるのがわかる。
でも、今はそれに甘えさせてもらおうって。
茜さんが望むのはそれやと、そう信じて。
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「茜さん。今のツアーが終わってさ、落ち着いたら俺、ちゃんとするから。 会社にも、周りにも」
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「ん?」
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「『結婚します』って」
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「えっ…」
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「やから、実家でちょっとゆっくりしたらさ、帰ってきてや?」
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「…ん」
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「絶対やで?絶対帰ってきて、俺んとこ」
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「壱馬くんは、寂しいと死んじゃうもんね(笑)」
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「うさぎちゃうし、俺。でも、そうかもしらん」
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「ん?」
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「寂しいと死ぬかもしれん。やから、絶対帰ってきて」
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手の届くとこに、彼女がおらんようになる事に覚える不安。
男として、そんな情けないってちゃんとわかる。
普通やったら、『寂しい』なんて意地でも口にせんのに。
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でも、もう、そうでも言わな彼女がおらんくなりそうで。
…怖かった。
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…next
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