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still…〜scene30〜
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「さっき救急車で…」
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想像もしてなかったその連絡は、耕平さんからで。
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もう、荷物を持ってなんて事も考えられずに、スマホだけ握ってホテルから飛び出した。
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自分の立場も何も考えられずに、タクシーに乗って、ルームミラーに映る自分を見て、「あっ…」って。
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でも、荷物も、帽子も取りに帰ろうなんて、一ミリも思わんかった。
少しでも、一秒でも早く彼女の元へって。
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耕平さんが送ってくれた病院の住所と、部屋番号。
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エレベーターから降りると、奥から3番目の部屋の前。 窓にもたれる耕平さんがいて。
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俺に気づくと、ゆっくり瞬きをした。
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「茜さんはっ?」
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「ん、今、眠ってるから。低血糖と脱水だって。一通り診てもらったから…。病気とかではなさそうだから、安心して?
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ごめんな、気にはしてるつもりだったんだ。 仕事が忙しかったなんて、言い訳でしかないよな。
ごめん…壱馬くん」
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俺にそうやって頭を下げて。
耕平さんが悪いわけやない、そんなん当り前やん。
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きっと俺と茜さんの事で色々言われたりしたやろうし、仕事やって、きっと彼女の分もって大変やったはず。
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「いや…、そんな。俺のせいで、そもそも」
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「急激にストレスを抱えて、食べても吐いてが続いたんじゃないかって…さっき先生が。
食道がかなり炎症を起こしてるって。
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ちょっと入院した方が本人の為にもいいって言われた から、そうしたから。
『安定した睡眠と、食事が取れるようになるまでは』って、俺もそう思うから」
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「…そんな」
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「『いっぱい食べて、いっぱい飲んで、いっぱい寝る』これ、私のモットーなの!」
にこにこ笑って、そういつも言ってた彼女。
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…俺が、全部奪った。
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「俺、ちょっと会社に連絡してくるから、壱馬くんは中で…。
目が覚めた時に、紺野が会いたいのは…壱馬くんだよ」
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そう言うと、「ほら、しっかりしろ!」って俺の肩を叩いた。
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「はぃ…」
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そっと開けた病室のドア。
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カーテンの向こうに見えるベットの上で眠る彼女。
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静まり返ったそこ。
点滴の落ちてく音ですら聞こえそうな位やった。
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近づいてくと、蒼白い顔…。静かに眠ってた。
布団の上に乗ってる血管の浮き上がる、腕に目を瞑った。
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自然にポタポタって涙が落ちてく。
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「茜さん…」
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小さく呼んだその声に少し瞼が動く。
ゆっくり開いた瞳。
色素の薄いその茶色の瞳に俺が映ると、ゆっくり目を細めた。
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「ちょっと女の子らしく、倒れてみちゃった(笑)」
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「あほっ…」
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起き上がろうとする体を抱きしめると、もう明らかに腕を回した感じが俺が知ってる少しまぁるいそれとは違って。
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「ごめん…ごめんな…」
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もうどうやって謝ったって、彼女の居場所を、彼女の大切にしてるモノを奪った事に変わりはなくて。
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「ん?大丈夫だよ?私。…ね?大丈夫だから。
壱馬くんは?…仕事は?」
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「俺のコトはええから」
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「壱馬くんは『選ばれた人』だよね?代わりはいないんだよ?
なら、そこには責任がある。あなたに何かあったら、困る人がたくさんいるはずだよ?」
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いつもは俺の仕事の話には全然触れない彼女。
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『仕事の事はよくわかんないし、別に私はどーでもいい、興味ない』
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言い方にデリカシーはないけど、それは帰ってきたら『緩く楽しく過ごせるように』を大事にしてくれてるからの言葉。…ちゃんと解ってる。
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なのに…こんな時に、俺の仕事の事…。
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「俺は、茜さんがっ!」
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「ふふっ(笑)。ちょっと眠って、ごはんが食べれるようになって、お酒も飲めるようになったら、私は大丈夫だから。
だから、壱馬くんが心配するような事は何もないよ?すぐ良くなるって。『ごめん』なんかじゃないから」
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それが、強がりだなんて、バカな俺やってわかる。
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「あのね?内緒にできないだろうから、言っちゃうね。 私、仕事辞めるの。さっき、河村さんに辞表をお願いしといた。結構お金も溜まったし。少し働くのお休みしてもいいかなぁって」
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「えっ…」
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コンコン。
ノックする音と同時に扉が開いて。
顔を覗かせた耕平さんは、俺を見るとそっと俯いた。
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「壱馬くん…ごめん。紺野の事守ってやれなかった。本当にすまない」
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「耕平さん?それって…」
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「河村さん、違いますよ!
決めたのは私なんで。今の仕事じゃなかったら、あの会社にいる意味ないんで。
入社した時は、お金さえ貰えれば部署はどこでもよかったんですけどね…長く居すぎて、仕事に愛着湧いちゃいました(笑)
…上にかけあってくれたんですよね。ありがとうございます」
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そう言って精一杯の笑顔を耕平さんに向けた。

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商品開発事業部から、品質管理部への異動。
それが、茜さんへの辞令。表向きは異動。
でも実質「クビ」って事。
『辞めろ』って肩を叩かれてるそういう意味。
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『全部俺のせいや…』
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…next
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