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still…〜scene29〜
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「品質管理部ですか…」
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「ん…関西への異動も上がったんだけどな、河村が『俺が最後まで責任持ちますから本社残して下さい』って、だいぶ食い下がって」
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休みに入って4日目。
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その電話は、商品開発事業部から、品質管理部への異動を告げるもので。
それが『クビ』だなんて事、社会人を何年もやってれば簡単にわかる。
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「専務、すみません。私今月いっぱいで退職します」
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「紺野、ちょっと落ち着け。急いで決める事じゃない。有休消化してる間に考えて、な?」

『急いで決める事じゃない』
そう言われたけど、私の中に選択肢なんて他にはなくて。
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カーテンを締め切って、今が何時なのかもわからない部屋の中…。
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「なんか疲れたな…」
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そんな独り言がすーって消えてく。
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壱馬くんといたら、あんなに『足りない』って思った時間が長すぎる。
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「何か食べなきゃ…」
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何を口にしても、そのまま吐き戻してしまうようになったのは、眠れなくなったのと同じ位からだった。
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喉が狭まって、焼ける感覚がずっとあって、何も飲み込めない。
冷蔵庫を聞いても、何も食べる気にはなれなくて…パタンとそこを閉じた。
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そこに頭をもたげて、じっとしてるしかできなかった。
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『この時間っていつまで続くんだろ…』
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壱馬side
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『日本に帰ったらすっとんでく』
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そう約束した…。なのに。
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「はっ?」
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『数十年ぶりかの、12月に台風』
日本への帰国の延期が決まって。
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外はスコールみたいな雨と風。
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普通やったらこの天気を見たら『帰れない』そんなの当たり前やってそう理解できるのに。
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「飛行機飛べないんですか?どっか、他の空港からならっ…俺、どっからでもいいんでっ!」
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「壱馬ちょっと冷静になれ。無理なの解るだろ?多分2、3日は…」
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「はっ?」
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2、3日…。
何も出来ずに、ただホテルでじっとしてるだけの時間。
国内におったら、どんな手段を取ってでも彼女の元へ駆け付けられるのに。
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…何もできん。
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夜になっても、全然治まる風のない雨風。
月も星も見えない、真っ黒な空。
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『運が悪い』なんて言葉では片づけられない今の状況。
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ここ、何日か電話しても出てもらえん。
LINEは、だいぶ経ってから既読はついて。
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「がんばってね」
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ってただ、平仮名が並ぶ返信。
バラバラって窓にうちつける雨音と、その平仮名が、俺の不安を煽るだけやった。
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予定よりも3日押しで戻った日本。
3日分の予定が一気に詰め込まれてて。
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昼過ぎについて、そのままイベントへの参加。
翌日は朝早くから撮影。
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自宅に帰る時間なんてなくて、スーツケースを抱えたまま、ホテルに泊まって。
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『明日の昼すぎにはそっち行けるから。時間わかったら連絡する』
そう茜さんにLINEを送った。
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目の前に置かれた弁当。
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『ちゃんと食べて、しっかり寝る!』
そんな彼女の言葉を思い出す。
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『ん、そうよな』って、味もわからんまま勢いで食べきって、ベッドに倒れ込んだ。
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この日の朝から、既読にすらならないLINE。
気にならない訳やない。
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でも、もう俺自身の体も気持ちも限界で…。
『大丈夫。明日には会える』 そう信じてぎゅって瞼を閉じた。
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茜side
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どれ位眠れたんだろ。
床の上で体が痛くて目が覚めて。
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手元にあったスマホを手にしたけど、灯りはなくて。


「充電切れちゃった…」
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ケーブルに差し込んで少しすると、眩しい位の光を放ってそれは立ち上がった。
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「喉乾いた…」
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唇がカサカサなのが自分でもわかる。
口の中も。
立ち上がろうとして、フラってなった体。
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「お水…」
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踏ん張って前へ足を進めた時、視界の周りが白くぼんやりして、まっすぐ歩けない…。 足に全然力が入んなくて。
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「やばいかな…これ」
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♪~♪
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8%の充電のスマホが私を呼んでる。
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「もしもし、紺野? ごめんな、なかなか連絡できなくてっ」
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「河村さん…あのっ。今から、うちっ、来てもらえたり…無理ですか?」
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「どした?…紺野?」
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「何か足に力入んなくて…私どうかしちゃっ…『すぐ行くっ!鍵開けとけ!』」
最後まで言う前に電話は切れて。
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「鍵…」
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壁に体重を預けて何とか玄関まで行って、カシャンとそこを縦にしたとこで、今まで重たかったはずの体はふわっと軽くなっていく。
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あっ、倒れる…その感じが自分でもわかる。
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『これで、ちゃんと眠れるかな…』
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「夢でいいから、壱馬くんに会いたいな…」
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次に目が覚めたのは、『茜さん』って壱馬くんに呼ばれた気がしたから。
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重たい瞼をなんとか開けると…泣いてる彼がそこにいた。
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夢?
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夢なら…
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…夢がよかったな。
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…next
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