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still…〜scene23〜 
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彼女の誕生日が終わって、あっという間に秋も終わりに近づいて。 
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『お休み合ったらおじちゃんとおばちゃんに会いに行こうね』
そんな話しをしてたけど、まぁリアルには無理な感じで。
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こっから年末に向かって仕事が立て込むのは毎年の事。
それがわかるから、できるだけ一緒に居られる時間を大切に…そう思う。
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「ただいま」
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ここ最近は暖冬ですねってなんて毎年言ってたのに、今年はバカみたいに寒い日が続いてて。
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東京でも11月末やのに雪がちらつく日がある位で。
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「おかえり。寒かったでしょ?」
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シロクマみたいに、がっつり着こんだ茜さんがキッチンから顔を覗かせた。
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「めっちゃ寒いって、今日。マジなんなん?さっきちょっと雪降ってたし」
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バタバタって、冷たい手で彼女の頬を包むフリをして近づく。
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「やー!!無理。絶対無理!! ムリムリ!」
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お玉片手に逃げ惑う茜さんを捕まえて、ぎゅーって抱きしめると、もこもこ具合も相まって、なんか羊でも抱いてる気分。
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鼻を掠める、誕生日にプレゼントした香水の香り。
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『…ホッとする』
その香りと、腕の中のぬくもり。
ふーって一気に身体も、気持ちも緩む。
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「壱馬くん?」
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「何か俺…羊抱いた気分」

「抱いた事あるの?羊?ヤギじゃなくて?」

「あほ。羊もヤギもないわ(笑)」
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「(笑)だよね。手洗って、こたつで待ってて。もうすぐごはんできる。今日はすき焼き。 私、お給料日だったから」
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「マジ?」
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確かに、この匂いはすき焼き…。
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「茜さん?味見した?」
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「えっ?」
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目が泳ぐのを見逃さんからな、全く。
相変わらずのそういうズボラな部分。 
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まぁ、そんなとこも、嫌いではなくて。
外では、肩に力入りまくってるのを俺は知っとるから。
緩んだ『素』の部分…彼女が俺の前では、そんなとこを見せてくれる。
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それは、俺もそうしても大丈夫やで、そう言うてくれるんと同じ気がするから。 彼女の前では、緩んだ俺…いっぱい出とると思う。
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疲れて帰って、足跡残すみたいに洋服脱いでも、『壱馬くん、残骸化してるよ?』って怒るわけでもなく、笑ってて。

ご飯食べた後、食器を片付けるのメンドいなーって時は『明日でいっか…明日がんばって片付けよ』って、2人揃って見ないフリ。
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『いい意味でゆるーくていい』

北人が言ってくれたその通りやと思う。 お互い、力の抜けたこの関係が居心地よくて。
それは、また明日頑張るために必要な要素…。

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『家で2人でおる時は…楽しく、緩く、いっぱい笑う』
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そんな感じ。
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茜さんが持ってたお玉でちょっとすくった鍋の中。
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「ん! 旨いやん」
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「でしょ?ほらぁ」
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「ほら、ちゃうやろ、ほんまに」
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「ふふっ(笑)後ね、これ、おばちゃんから届いたよ」
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冷蔵庫の横に置かれてるでっかい段ボール。
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「甑州」と、ジップロックに入った、たくさんの料理。
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「おばちゃん、ほんと送りすぎだよね(笑)私と壱馬くんで食べる量じゃないよね、これ」
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「やな(笑)、ありがとうの電話した?」
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「んーん、まだ」
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「じゃあ、連絡しよ」
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ポケットから出したスマホで呼び出したおばさんの電話番号。 
ビデオ通話のボタンを押すと、向こうから聞こえるお日様みたいな声。
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その声を聞くだけで、俺も茜さんもなんかホッと出来る、そんな声。
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「もしもし?壱馬くん?あっ、茜ちゃんも一緒?」
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「おばちゃん!!宅急便届いた!ありがとー。今から壱馬君と食べるからね。今度こっちのオシャレなおいしいもの送っとく」
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「おいしいチョコレートと、チーズケーキと、後ね…こないだテレビで見た…」
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まさかの贈り物の催促に、俺も茜さんも、笑ってまうってほんまに。
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「じゃあね、体に気をつけて。いっぱい食べて飲んで、たくさん寝るのよ」
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ほんまのおかんよりも『おかん』なそのセリフに2人で「はーい」って返事をし て。
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決して広いとは言えない1DKの茜さんの部屋。 
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でも、俺はここで、彼女と過ごす時間がほんまに好きで。 こたつを置いてあるから、冬場はソファは置けない、そんな部屋の広さ。 
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おなかいっぱいになって、ころころしてたらそのまま眠たくなって…。
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「壱馬くん、歯磨きだけはしなよー」って半分目を瞑ったまま手を引かれて。
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なんとか歯磨きを終えたらそのままベットヘコロン。



「狭い部屋でごめんね」って茜さんはよく言うけど。
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オシャレな部屋もそりゃいいんやろけど、手の届く位置に何でもあって、こたつの上に置かれた小さいかごの中にはみかんと、おにぎりせんべいと、ブラックサンダーが置いてある。
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もう、言うことナシやんこれ。

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セミダブルのベットで、彼女を抱きしめたまま眠りに落ちてく。
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これが、俺の一番幸せな瞬間。
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…next
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