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still…〜scene22〜
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『どこも行かない』


茜さんのその気持ちは誕生日当日になっても変わってなくて。
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 元々は空いてたはずのその日も、直前になって仕事になってしまって、結局夜までかかった。
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買っておいた誕生日プレゼントの香水と、彼女が好きなワインを持って向かったアパート。 
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近くの公園の前で車を降りると、もう20時近くなのに、アパートから出てくる姿。
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『どこ行くん?』
そう思いながら、後をおっかけてくと、スーパーに急いで入ってって。
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「ん?」って思ってるうちに出てきた。
ほんの数分。
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「茜さん?」
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そう声をかけたのは、人通りが少なくなった道で。ちゃんと周りはしっかり確認した。
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「壱馬くんっ?」
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「何しとんの? こんな時間に」
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「あっ…えっと…、壱馬くん、今日泊まる…よね?」

「ん…あっ、まぁ。ん」
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「歯ブラシさ?こないだ、ケンカした時に排水溝磨いちゃって(笑)」
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「はっ?!」
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「ほら、こないだ…」
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「あぁ、あれか。」
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俺ら二人、お互い思った事をはっきり言うタイプって言うか、ケンカになる事も多くて。
沸点が低い…ってそんな感じ。
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ケンカして、仲直りして…。
まぁまぁ短い期間で、何回今まであったやろって思う。
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「あの時『くそー!』ってなって、壱馬くんの歯ブラシで排水溝ゴシゴシってやっちゃって。さすがにね…」
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「それは…勘弁して下さい(笑)」
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「それ思い出したから、急いで」
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「誕生日やのに、そんなん思い出したんや(笑)」
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「ん。晩御飯作ってて、思い出した」
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何かそんなとこが、天然?
いや、ちゃんとしとんのんか?どっちかわからんけど、彼女らしくて。
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「まぁ、えーか、んな帰ろ。腹減った」
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「ん。ケーキさ、河村さんが買ってくれたの。
『壱馬くんと一緒に食べな』って、1 8センチのホール。『2人ならこれくらい余裕だろ』って」
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「ふふっ(笑)。俺からも、また連絡しとくわ」
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「ん」
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隣を歩く彼女の掌を一瞬掠めた俺の右手。
 何も考えずにすっとその左手を握った。
 一瞬ひっこめようとした彼女。
その手をもう一回ぎゅって力を込めて握りなおした。
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「誕生日やろ?特別やん。これ位ええやん。あかん?」
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別に誰かに見せたいわけでも、自慢したいわけでもない。
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ただ、『好きな人と手を繋ぐ』
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そんな『普通』を彼女とやってみたかった。
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 付き合う相手が俺じゃなかったら、きっと何も迷わずにこうするんやろって、そう思うから。
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「ふふっ(笑)」
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そう笑うと、次の瞬間、俺の右手はぎゅって握り返されて。 
「ん?」って覗き込んだ顔には小さく笑みが浮かんでた。
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「笑わないでよ?」
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「ん?どしたん?」
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「嬉しくて、何か笑っちゃう(笑)」
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素直なそんな反応。
心臓がバクバクって音を立てるのが自分でもよくわかる。 
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かわいいなってそう思う…。
『バカにしてるでしょ』って怒るやろうけど。
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「なぁ、晩御飯、何?」
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「今日は、お好み焼き!」
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「はっ?誕生日やのに?」
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「好きなものを食べるのがお誕生日でしょ?私、好きだもん、お好み焼き。それとビール。あと、買ってきてくれた?ワイン」
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「買ってきたけど…。それ、もう酒メインやん」
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「まぁ、ん(笑)。ほら、早く帰ろ。お好み焼きさ、壱馬くん焼いてよ。関西の人上手だよね?」
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「ええよ。本場の味やな」
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「味つけはいいよ。自分でソースもマヨネーズもかけるから」
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「そういう意味ちゃう(笑)」
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「えっ?(笑)」

「あんな…。ほんま、天然さん」
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初めて一緒に迎えた誕生日。
たった、200メートル。その間を二人で手を繋いだ。

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 『特別』がいつか 『普通』 に変わる。 
…変えてみせる。
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彼女の左手をぎゅっと握り返して、めいいっぱいの『大好き』を伝えた。
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「また行こ?コンビニでも、スーパーでも」
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「ん?」
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「茜さんと、手繋いで歩きたい」
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「…ん」
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ワンテンポ遅れたその返事。
それは、俺の居場所を考えたから。 
きっとそう、絶対そう。
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「ビール、いっぱい冷えとる?」
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言葉につまる彼女の手をギュって握りなおして、そう声をかけた。
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「もちろん。二段目いっぱいに並べてきた!」
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そう俺を見上げて笑う、大好きなクシャってなる笑顔。
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俺にしか見せないその笑顔を守りたかった。
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俺は、彼女が本当に笑う時どんな顔をするかを知っとる。
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やから…それを守る義務がある。
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…next
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