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still…〜scene18〜
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「もう着くっていうから、迎えに行ってくるわ」
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約束の金曜日。
店先に出て待ってると、仕事帰りのはずやのに、スーツじゃない彼女がまぁまぁ必死に走ってくる。
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「ごめんっ、遅くなった!ほんとごめんなさいっ!」
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「いや、時間はええんやけどさ。
仕事…やったんよな?どしたん?その恰好」
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「今、買ってきた!」
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 「今?」 
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「ん、昼休みにデパート行って、試着しまくって…。 
お昼からずーっと考えて、今ダッシュで買って着替えてきた!…変?」
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パステルイエローのトップスに、ネイビーのロングスカート。
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仕事の時は、一つに纏められてる髪の毛。
家におるときは、ざっとくくってるんしか見たことない(笑)
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そんな彼女の髪が、緩く巻かれてあって、毛先が胸元で、ふわっふわって。
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見たことないその感じに、ドキドキってなる。
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「色々試してみたんだけど、若作りはやめようと思って。イタイって思われるの嫌だから諦めた。
清潔感重視!」

俺は緩い部屋着と、スーツ位しか見たことなくて、何か新鮮やった。 
普通に『かわいい』ってそう思う。
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「っん…ええんやない?」
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「『かわいいよ』って言えないよね、ほんとに壱馬くんは。まぁ、いいんだけど」
って、俺の先をタンタンって歩いてく。
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『あーまたやってしもた』
かわいいって思ってすぐに『かわいい』って何で言えんのやろ。
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ちょっとテンション落ち気味の俺を振り返ると「怒ってないよ?ふふっ、ヘコんでやんの(笑)」 って悪そうに笑って。
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「ほら、行くよ!お腹すいた!お昼食べる時間なくてさっ。焼き鳥さ、いっぱい食べたら、ひかれちゃうかな。
とりあえずは様子見だよね…ん。控えめにしよ」
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「大丈夫(笑)言うてあるからちゃんと。
『二人がひく位、よく食べてめっちゃ酒も強い彼女です』って」
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「そっか、じゃあ遠慮なく」
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あぁこれ、絶対北人…瞬殺されるやつやわ。
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「ごめんお待たせ」 個室のドアを開けると、振り返った二人が何やら嬉しそうに立ち上がって。
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「初めまして…じゃないか。お久しぶりです」
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「こんばんは。その節は、ありがとうございました。」
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「こんばんは。紺野…、いや、茜さんかな?ね、壱馬」
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「ん」
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「ほら、座って二人とも」
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北人にそう促されて奥の席に向かう。
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「壱馬くん、ジャケットかけとくよ?貸して?」
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「あっ…ん」

彼女にそれを渡すと、目の前の二人のニヤニヤ度が更に増す。
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「壱馬くんだって。ねぇ、壱馬くん(笑)」
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「ほくとっ、お前…」
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最初は少しは緊張してた茜さん。
でも普通に1杯目を飲んで、出された焼き鳥を食べるうちに、まぁ、いつもな感じで。
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なんならいつもよりもアルコールのペースが早い。
でも、 全然普通に受け答えはしてるし。
相変わらずやわ、ほんまに。
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『焼酎以外は何でも飲める』 ほんまその通り。
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そんな彼女に付き合わされるように、俺らのグラスにも注がれてくビール。
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そうなると、俺の向かいに座るやつなんて、ほんま瞬殺で。
ぐったりテーブルに突っ伏してる。
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「あーぁ、北人潰してもうたやんか」
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「私?違う違う。『飲めるよね? ほくちゃん』って言っただけだし」
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「その圧がな…怖いんやって。
ちょっ、俺タクシー乗せてくるわ。陸さん、ちょっと行ってきます」
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「ん、ごめんね。お願い」
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彼女と陸さんを残して、もうグタグダの北人を支えて店を出る。
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「言うたやろ?うちの彼女酒強いんやって。お前なんてマジ瞬殺やから」 
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「なー、ヤバイなー。あんな彼女、俺イヤだわ」
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「お前な、彼氏ここにおるのに、それ言うか?」
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「(笑)そうだった」
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迎えのタクシーが来るまで、店の前の縁石に座り込む北人の前に立つと、なんか嬉しそうに俺を見上げてて。
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「何や?」
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「壱馬くん?(笑)」
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「お前、ぶっ飛ばすぞ」 
明らかに揶揄ってるやろ、それ。
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「ごめんごめん。何かいいね、二人の感じ。
壱馬も茜さんも力入ってなくて、いい意味でゆるーくていい」
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「それ、褒めとるん?」
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「大絶賛だけど?」
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「…ならええけど」
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俺も酒入ってるし、もう色々考えるんは面倒くさくて、『大絶賛』ってその言葉を素直に受け取った。
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 だって『二人の感じいいね』って、いつも隣にいる北人が言うてくれるんは、素直に嬉しかったから。
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…next
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