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still…〜scene12〜
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「壱馬くん?」
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そう呼ばれて咄嗟上げた顔。
俺を認識してびっくりしたその人は、その後すぐに、いつもみたいに目を細めて笑う。
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「何してんの?こんなとこで」
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「耕平さん…やっ、あの…今日って」
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「あっ…急に接待になって遅くなったから、今送って。ごめんな、本当は連れてく予定じゃなかったんだけど」
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「あのっ…俺、見てしもて、さっきそれ…車から。何か変なおっさんが、茜さんの事」
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そこまで言うと、耕平さんは俺の目の前で『ブン』って音がしそうな位勢いよく頭を下げた。
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「悪かった。一歩出遅れた。何かある時はってお願いされてたのにっ、ほんと、すみません」
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「やっ、大丈夫です…耕平さんっ…」
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『耕平さんが、茜さんを守ってくれた』それはちゃんと解るから。
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「壱馬くんひょっとして…紺野の事心配になって、ここまで来ちゃった?」
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「…はい」
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「なら、行けばいいのに」
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「やっ…今行ったら、俺、多分全部わーって言うてまうかなって」
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「それダメなの?それが本心でしょ?」
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「でも…、言われたら嫌やろなって。仕事みたいなもんですよね、接待って」
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「その遠慮は違うと思うけど? 俺は。
そうやって、我慢したらね…きっとどっかで爆発しちゃうから。それか不発弾になって、うちの夫婦みたいになっちゃうよ」
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自虐的にそう笑う。
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「ぶつかる事も大事だから。嫌な事は嫌って言う。好きなとこは好きっていう。
でも今日のは、俺が無理に連れてったからだから、あんま怒らないで話ししてあげて。
『心配で来たんだ』って言わなきゃ。
消化不良のまま、帰れないだろ?ほら、行ってこい」
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強めに押された背中。
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タンタンって足を進めると、「せやな」って思い直してインターフォンを押した。
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茜side
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新商品のプロモーションも終わってやっと一息。
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「紺野、ちょっと今日いいか?ごめんな…」
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河村さんにそう打診されたのは、新店が入る商業施設のスポンサー会社の接待。
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テナントで入るのは、もう決まってて。
でも、入る場所…これがうちの会社にとっては、とっても大事だった。
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人気のお店の隣、入口に近い、トイレが近くにある。 
そんな好条件の場所なんて、取り合いになるのがわかってて。
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最初は河村さん一人でって話しだったけど、やっぱり女の人がいる方が…ってのが上の判断。
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申し訳なさそうに「終わったらすぐ帰っていいから、ずっと俺が側にいるから、何も心配いらない」って
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河村さんだって不本意なはず。
自分一人でもなんとでもなった…それ位の力はあるはずなのに。
本当は営業の仕事。でもそれを河村さんにって事は、それくらい頼られてる、そんな人だもん。
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始まった食事会。
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ほんと、言ってた通り、河村さんはずっと私の右側にいてくれて。
『紺野が何かされたら、俺、壱馬くんに殺されるから』そう笑ってた。
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『耕平さんは、俺らの事知っとるよ、俺が言うた』
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私からよりも、壱馬くんが河村さんに『付き合う事になった』それを報告する方が先だった。 
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壱馬くんと河村さんは、いつの間にか私抜きでも2人でちょこちょこ飲みに行ったり、野球見に行ったり。
そんなとこに、ちょっとヤキモチやいちゃう位の2人の距離感。
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「ありがとうございました。よろしくお願いします」
ようやく食事も終わって、後はお見送りって時になって。
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「茜ちゃん、まだ飲めるでしょ?全然酔ってないじゃん」ってもうベロベロのおじさんに腰に手を回されて引き寄せられた。
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ササーって背中に寒気が走るのがわかる。
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「やめてください!!」 
そう言う前に、私は大きな手に引き戻されて。 
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「河村さん…」
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「次は、もうちょっと若い子連れて来ますね。すみません。運転手さんお願いします」
 そう言って上手くあしらうと、笑顔でおじさんをタクシーに乗せて力いっぱいドアを閉めた。
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『怒ってる』それがよくわかる。
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「送ってくから、乗って?」
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次に止めたタクシーに二人で乗ると、「ごめんな、ヤな思いさせた」って頭を下げた。
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「や…大丈夫です」
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そこから家までの間、河村さんはずっと外を向いたままで。
声をかけづらいこの感じはイライラしてる時。
昔から変わんない。
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「風呂入ってゆっくり飲みなおすもよし、カップラーメンは…やめとけ、明日浮腫むから。 紺野…今日はありがとう。お前がいてくれてよかった」
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私の部屋の前まで来ると、少し落ち着いたみたいで、いつもみたいに穏やかな雰囲気に変わってた。
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「いや、私、何も。お酒飲んでただけだし(笑)
会社のお金で飲めてラッキーな位ですよ?
…河村さん。大丈夫ですから、私。
あれ位、楽勝です(笑)」
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その私の言葉に、ふふって笑うと、鼻を小さく掻いた。
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「ありがとな、ほんと。
でも壱馬くんとの約束…」
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「えっ?」
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…next

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