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still〜scene5〜
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「すみません。後、お願いします」
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タクシーのドアが閉まった瞬間、「はーっ」って溜息がでた。
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 ここ半月位、仕事が立て込んでて… 。
一週間休めばこうなる事なんて想定内ではあったけど。
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出張、会議、今回のプロモーションの準備。 
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休みもないまま、ご飯を食べる時間も、睡眠時間も思うようにとれなくて。
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昨日の夜位から体調が怪しくて、今朝目覚めた時には、起き上がれない程だった。
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何とかここを乗り切ればって、栄養ドリンクを飲んで向かったスタジオ。
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『これで終わります』その声と同時に意識がすーって遠ざかってく。
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『あっ、ヤバイ』そう思ったと同時に、何か温かいものに受け止められた体。
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「がんばったな」
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そう耳元で聞こえて、『河村さんだ』ってすぐにわかった。  
その優しい声、…ずっと好きだった。
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『…だった』
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「違う…」
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私が今聞きたいのは、違う。
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途切れ途切れの意識で、河村さんとの会話の中に聞こえる…「あっ、はい」って、その声。
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『壱馬くん…』
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彼がきっと近くにいる。 
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再会した時、まっすぐ目も見れなかった。 
話しなんて到底できるわけなくて。
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『彼と自分はいる場所が違う』それを理解するのは、意外と簡単で。
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『何で?』とすら思わないくらい、明らかに私とは違う場所に壱馬くんはいる人だったから。
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見えない線が引かれてる、そんな感覚。 
透明なのに、絶対越えちゃダメなそんな線。
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『この仕事が終わったら、もう一生会うことなんてないから』
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翌日。
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「昨日はすみませんでした」
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「もう、大丈夫か?」
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「しっかりご飯食べて、寝たら一晩でよくなりました」
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「ほんと、お前は(笑)」
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「河村さん、ご飯…ありがとうございました」
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昨日、帰ってそのままベットで力尽きたように眠った。 
もう、周りが暗くなってる時間にふわっと目が覚めて、枕元に光るスマホ。
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《玄関に、メシひっかけとくから》
少し前に来てた河村さんからのLINE。
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玄関のドアをそっと開けると、そこにぶら下がってるコンビニ袋。 
私が好きな卵焼きのサンドイッチと、おにぎり3個と、ヨーグルトにプリン。
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『どんだけ食べると思われてるの?私(笑)』
そう思いながらも、いざ食べ始めたら、一瞬で。
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「食べすぎたかも…」
きっとこの辺りで体調はもう復活してた気がする。
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そもそも、いつも7時間睡眠の私が、毎日3時間の睡眠時間が続けば、まぁこんな事にもなるのかなって。

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どうしても、今回のプロモーションは成功させたくて。
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『変わったな…』そう周りに思われたかった。
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自分でも『私、変わったな』その自信が欲しかった。 
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どうやって証明できるわけでもないけど。
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…壱馬くんに会う時に、自分の中にそれが欲しかったから。
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壱馬side
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「壱馬くん、お待たせ」
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ほんまにあの時の約束が活きてるなんて正直思ってなくて。社交辞令やろと思ってた。 
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でも、巨人戦の2週間前、耕平さんから『予定大丈夫?』って連絡はあった。
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ドームの前の人混みの中、俺の隣に来るとそっと小さい声でそう呼ばれて、ポンって叩かれた肩。
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「行こっか」
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野球観戦はよく行くっていう耕平さんに連れられて向かったスタンド席。
もうそこは、阪神ファンの人のど真ん中で。
俺が芸能人とか一般人とかそんな事は関係なかった。
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「おお!!河村きたきた!」って迎えられると、その隣におった俺にみんなの目が向けられて。
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「イケメンな若い兄ちゃん連れとんな。 どうせなら、若いねぇちゃんがよかったけど」ってまぁまぁな言われようで。
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『THE阪神の応援団』のど真ん中に、俺は座る事になって。
でっかい声で応援歌を歌う人らの中、よぁわからんからメガホンで解るとこだけ歌ってみたり。
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初体験なそれがほんま楽しくて。
 ビール片手に、気がついたら知らんおっさんと乾杯して、近本がタイムリーを打ったタイミングで反対に座ってたおっさんと、がっつりハグとハイタッチ。
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『何これ。めっちゃ楽しいやん』
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「耕平さん、ありがとうございました。むっちゃ楽しかったです」
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「…いや、勝ってよかったよなぁ、ほんと。近本よかったよね!」 
テンション高いままドームを後にして、二人で向かった居酒屋。
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「はい、乾杯」
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「はいっ」
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ジョッキをを合わせると、半分まで一気に飲み干して。 試合に勝った事もあって、ペース配分もよくわからん位、どんどんピッチはあがってく。
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「壱馬くん、飲めるねぇ」
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「あっ、はい。割と…」
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まぁそんな風に言う耕平さんも、何なら俺より早いピッチで。
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「今度、紺野も誘おうか?アイツもバカみたいに飲めるから(笑)」 そう俺の顔を見て、何か言いたそうな顔。
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「えっ?あっ…」
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「何も気づいてないって思ってる?」

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…next
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