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still…〜scene4〜
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「紺野さん、マジで来るの?体調不良って…」
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茜さんの会社の商品のスチール撮影の日。
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早く着きすぎて、スタジオの準備ができるまで、ちょっと控室でゲームでもやろうかなって、廊下を歩いてたら聞こえる声。
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こないだもおった、茜さんの部下の人達やな。
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「イケメン集まってるから、少々体調悪い位だったら来るでしょ、ほら、賞味期限の問題(笑)」
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「いや、相手芸能人だよ?ナイでしょ。しかも年下」
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「ほら、どっから何に繋がるかわかんないじゃん。本人じゃなくてもさ、周りにいっぱい取り巻きみたいなのついてくんじゃん、そっち狙いじゃね?」
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「なるほどね(笑)」呆れたように鼻で笑てた。

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聞こえるように大きく咳払いをしながら、廊下の角を曲がる。 
ほんまは、掴みかかってボコボコにしたろうかって思ったけど、さすがにそれはできんし。
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茜さん…そんな人やない。 
それは1週間しか一緒におらんかった俺でもわかる。
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「遅れました。すみません」
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撮影が始まる予定の15分前。 
はっ?顔真っ青やけど。

俺らの前にカツカツってヒールを鳴らして走ってきて、体を折り畳んで思いっきり下げた頭。
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「すみません、お待たせしてしまって。本当に、申し訳ありません」
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頭を下げたままのその状況に、どうしていいかわからん俺。

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「いや、大丈夫なんで。本当に、大丈夫ですから。僕らも遅れて着いて、今来たんです。ほんとさっきで」
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そう言うたんは陸さんで。
陸さんは、そんな気遣いが自然に出来る人。 
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「じゃあ、始めましょうか」
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周りの撮影スタッフに声をかけられて、ようやくスタート。
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あかん…気になって全然集中できん。
 PCの前に座るスタッフさんの隣で、立ったまま撮影した写真を確認するその顔は真剣そのもので。
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「体調悪いって…」
そんな感じは微塵も感じられんかった。
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2パターン目の撮影の前に衣装が変わるからって、控室に戻る俺らの先。
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入口のドアのとこで、「すみません、お願いします」ってまた頭を下げてて。 
もうええのに…。
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でも、こんな色んな人がおる前で何を言うわけにもいかんし。 
ただ、『心配やな』って、見てるしかできんかった。
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『お疲れ様です』
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『ありがとうございました』
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3時間近くかかった撮影。
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一瞬も椅子に座る事なく、スタジオの隅に立ったままずっと俺らの撮影を見てた彼女の体が、フラフラってなったのは、終わりを告げる声がスタジオ内に響いた瞬間。
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『茜さん!』
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そう思って駆け出した俺の視線の先。
 すーって彼女の側に近寄ってその体を受け止めて、ぐっと抱き上げると、静かにスタジオから出てったのは、耕平さんで。
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「壱馬?どしたの?」
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「えっ?あっ…北人。ごめんちょっとトイレ」
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どう言えばいいかわからんくて。
とりあえず彼女の事が心配で、駆け出たスタジオ。
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どこに2人が向かったかなんてわかる訳ない。
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広いスタジオの中、2人を探してうろうろしてると、小さく聞こえる声。
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「すみません…私」
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「よくがんばったな。ずっと体調悪かったろ、今日」
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「ぃやっ…」

「どうせ止めたって、お前は『最後までやります』て言うだろうと思って…ガードしといた(笑)」
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近くにずっと居た…。何かあったら一番に駆け寄れるように。耕平さんが言うてるんはそういう事。
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「今日はもういいから、このまま帰れ。上司の命令、ちゃんと聞け」
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「…でも」
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「後は、俺でも他のやつらでもやれるから。ほら、荷物。タクシー表に呼んである」
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「河村さん、私…」
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「帰ったら、酒は飲まずに、ちゃんと寝る。後、メシも食え!いいな?」
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『耕平さんは、茜さんが好きなんかな』
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『茜さんが俺とハジメマシテの時、俺の苗字を聞いて驚いたんは、耕平さんと同じ苗字やったからやんな』
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『茜さんも耕平さんのことが?』
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『二人はひょっとしたら、付き合ってるとか?』
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もうそんな風に思い始めたら、そっちで思考は固まってしまって。
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ぎゅってなった心臓。 その瞬間に目の前の扉が開いて、大きな掌に抱きかかえられた茜さんと鉢合わせ。
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「あっ…」
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「かずっ…川村さん」
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「すみません、紺野ちょっと体調悪そうで。このまま帰します。
タクシーに乗せたらすぐにスタジオに戻るんで、そこからは俺が…」
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「あっ、はい」
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そんな風に言われたらそれ以上何も言えるわけもなくて、2人の後ろ姿をただ見送るだけしかできんかった。
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『俺は…あんな風にはできん』
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冷静に考えてそれが自分にはできん事が、はっきりわかる。 なんかあった時に、一番に駆け寄る事はできん。
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これが俺がいる場所。
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『とりあえず、無事に帰ったら連絡…』
そう思ってポケットに手を突っ込んで、彼女の連絡先を知らない事に、溜息しか出なかった。
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.…next
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