.
.
.
Sevendays vacation〜scene12〜
.
.
.
『壱馬くんは…何で来たの?ここ』
.
.
グラスを置くと、そう真っ直ぐに俺に聞いた。
.
.

「えっ?」
.
「だって1週間でしょ?歌う仕事なんだよね?…それって1週間ぽんって休みが取れるの?」
.
 「やっ、無理やり。周りにめっちゃ迷惑かけてる…」
.
「ふぅん、そっか。いいね…羨ましい」
.
「何が?」
.
.
.
何やそれ…俺が、どんな思いで…。
『いいね』ってそんな言い方。
『羨ましい』…ふざけんな。


.
.
「それってさ…壱馬くんじゃないとダメってそういう事でしょ?代わりはいないって」
.
「えっ…」
.
.
そんな風に考えた事なんかなくて…。 
俺の代わりに誰か…なんて。
.
.
.
「私の仕事はね、私じゃなくてもいいの…。
私じゃなくても仕事はちゃんと回るの。管理職だからそりゃ書類にハンコ押したりするよ?
でも『紺野』って誰かが代わりに押してくれたら、大丈夫で。
.
誰でもいいってわけじゃないとは思うの…。そう思いたい。  
.
…でも私じゃなくてもいい。
.
私って、そんな存在なの。
.
.
結婚する時は『この人じゃないと』って思う人とするでしょ?
『お母さん』って『他の誰か』でいいわけじゃないよね?
私より仕事を適当にやってた同期とか先輩はさ、『あなたじゃないと』ってそんな存在になれて、私はそれにはなれなくて。
.
『私じゃなくてもいい』ずっとそこにいるの…。
.
いいね、壱馬くんは『選ばれた人』で」
.
.
.

そう落とした視線。
 追い打ちをかけるような事を言いたいわけじゃない。 
そんなん言うても、仕方ないなんてわかるのに。 
でも、もう自分の今の状況と相まって、 一旦口を開いたら止まらんようになった。
.
.

『俺やって…俺の方が』って…。
.
.
.
「『選ばれた人』その苦しさ、茜さんに、じゃあわかんの?
『代わりはいない』それって、絶対逃げられんって事やで?
しんどくたって、何で自分が歌ってるのかがわらんかったって…それを考える時間もないっ!
立ち止まる事やってできん!
自分が何を伝えたいかなんて…。そんな基本的な事がわからんくたって、やらないかんって、それがどんだけしんどいか、わかんの?!」
.
.

吐き出した、抱えてた気持ち。
誰にも言えんかった…。
距離が近い人程、言えんかった。 心配かける。そう思うから。
.
.
知り合ったばっかの彼女には、言えた。 言えたっていうか、ぶちまけた。
.
.
.
「贅沢だよ、それ」
.
.
心配して欲しいわけでも、フォローして欲しいわけでもない。 でも、そんな風な言葉がかえってくるなんて、思ってなくて。
少しは寄り添った答えが返ってくるってそう思ってたから。
.
.
「はっ?俺からしたらそっちの方が贅沢やって思うけど」
そう言い返すのが、精一杯やった。
.
.

おばさんに言われた通り、 俺らは2人ともそう。 
真反対におる。自分じゃない向こう側におるのが『ええな、羨ましいな』ってそう思ってる。
.
自分の方がしんといって勝手にそう決めて。
.
.
.
「もういい!」

「こっちこそやわ!」

飲みかけのグラスを置いたまま、自分の部屋に戻ってべットに突っ伏した。
.
.
気を遣って誰も言うてはこんかったその部分に、 土足でズカズカ入ってきて…なんやアイつ、マジで。
何やねん。 
.
吐き出したのに。思うままに口にしたのに、全然すっきりせん。 
.
.
でも…。 静かな空間で、冷静になってくる頭の中。 言われた事、思った事、それを順番に整理していく。
… 段々と見えてくるもの。
.
.

『お前じゃなくていい』
.
もし、俺がそう言われたらどんな風に思うか…。
.
.
.
「それは、キツイ」
.
.
俺ら2人はほんと極端なとこにいてる。
.
シーソーの隅っこにいてる感じ。
.
そう思ったら、自分が言うた事が、言いすぎな気がして。
.
.

『やってもうた』
.
そう思うけど、やからってどんな言葉をかけたらいいかなんてわからんくて。
.
.

カタン。
.
.
部屋の前に何かを置く音がした気がして…。
.
.
「ん?」って思って聞いたドア。
.
.

その瞬間、隣の茜さんの部屋のドアが勢いよく閉まった。
.

視線を落とすと、丸い皿に乗せられたデカめのおにぎりが二つ。
.
.

「夜食」って、書きなぐられた文字。
.
.

『ごめんね』とかじゃないんかい。
 そう突っ込みながらも、でも俺のおなかの心配はしてくれるんやってそこは素直に受け取れて。
.
.

「ありがとう」
.
.
ドアのしまった隣の部屋の前に立って、ちゃんと聞こえるようにそう声をかけた。
.
.
.
それは、伝わらな、意味ない『ありがとう』やから。
.
.
…next
.
.
.