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Sevendays vacation 〜scene10〜
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3rd day
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「雨…」
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昨日まで真っ青だった空は、濃い灰色。
そこからは、静かに雨が落ちてくる。 
子供でもないのに、その雨にがっつりテンションが下がってくのは何でやろ。
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「おはようございます」
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「おはよ、壱馬くん…」
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雨でテンション下がってるんは俺だけかと思ったら、んなことはなくて。
ダイニングに突っ伏す茜さん。
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「どしたん?」
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「雨…」
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「ん?」
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「雨だと、どこも行けないもん…」

『もん』って子供やん、ほんまに。

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「茜ちゃん、そんなへこまないの」コーヒーを俺らの前に出してくれながら、おばさんは笑ってて。

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「だって…」
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「じゃあさ、あそこ行っておいで。雨でも綺麗だし」
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「えっ?どこ?!行く!ねっ、壱馬くん!」
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「はっ?俺も?」
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いや、行先も聞いてないのに、「行きます!」 なんて即答できるわけもなくて。
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「車で30分位かな」
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おばさんに見せてもらったスマホの写真は、山の斜面いっぱいに咲くピンクの花。
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「『なでしこ』と『カノコユリ』ってお花でね。
夏の間しか本当は見れないんだけど、今年は暖かいから。
まだ綺麗に咲いてるはず。 斜面いっぱいに」 
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そう、教えてくれるおばさんは、何かとっても嬉しそうで。
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「私、運転するからさ。一緒に行こうよ、ねっ?」
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 前のめりにかけられた声。
「ん…じゃあ」…断る理由もないしな。
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雨の降る中、乗り込んだ車。
ふーって息を大きく吐いて、『よし』って声をかけた茜さん。
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「壱馬くん?」
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「ん?」
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「私、運転さ、何年かぶりなの、何かあったらごめんね」
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「はっ?」
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車に乗ってて、何かがあるって、それってもう命の保証はできませんってヤツやない?
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「おばちゃんにもらった地図、よく見ててね。曲がる時は、早めに言って!」
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「…ん、わかった」

もう、気が気じゃないけど。
教習所に通ってた頃を思いだすくらい、ぎゅってハンドルを握って、シートにまっすぐ座ってる。
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その真面目な横顔が可笑しいでしかなくて。
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「ふっ(笑)」
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そう笑うと、俺の事をギッて睨む目。
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「壱馬くん、代わる? 運転」
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「あっ、ごめん。そんな目せんで?お願いします。俺も、普段運転せんから、自信ない」
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「東京にいたら、車乗らないもんね」
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「ん…まぁ」
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『楽しいドライブ』とは程遠い、俺らのおでかけ。
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しかも雨やし、コンディションは最悪。 
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ただ、救いなんは、ほんまに周りに車が走ってなくて、とりあえず衝突事故みたいなんはないと確信。
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「あ一、次、右!右、曲がって!」 
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「えっ?右!?」
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慌てて切ったハンドルに体を持ってかれつつ、右に曲がったその先には、斜面いっぱいに、ピンクと白の花が咲いてて。
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バンって急に踏まれたブレーキ。
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「わっ!」って体が思いっきり前に引っ張られて。 マジ、後ろから車が来てなくてよかったわ。 
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「茜さん!!」って右側を見ると、「きれー」ってパチパチ瞬きしてて。
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「ね?壱馬くん」

そんな顔して言われたら、「危ないやんか!」って怒る気にもなれんくて。
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「降りよ、ね?」
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俺の返事を聞く前に運転席のドアが開いて、傘をさして俺の目の前を歩いてく。
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慌てて追っかけたその背中。
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道端から見上げる斜面。
ピンクと白…、そして斜面に生い茂る緑。
雨のせいか、全部の色が少しずつ白みがかって、幻想的な空間やった。
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人もいない、車も通ってない。
ここにいるのは、俺と茜さんだけで。 傘にあたるパラパラって音だけが耳に届く。
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「東京にいたらさ、花屋さんでしか、お花って見ないよね」
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確かにそう。 こんな風に『生きてる』花は見ない。
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俺が見る花も、花束になってたり、途中でカットされたそんなのばっか。
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「こんな風に咲いてるんだね」 

「ん…そやな」

「何かさ。『生きてる』って感じするよね?わかる?」
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「ん。それ、俺もわかる」
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彼女がゆっくりそれに近づいていって、そっと触れた花。 花びらに溜まった雨がポタポタって落ちてく。
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「キレイだね…それに、強い」
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 「ん…」
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俺も同じように感じた。『強い』って。
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その時、急に風の強さが増して、彼女の傘が飛ばされてった。
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「あっ…」
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海に落ちてったその傘を追いかけようとした、その腕をぎゅっと握った。
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「危ないって」
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「でもっ」
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今まで傘をさしてて見えなかったその表情。 
俺に『でもっ』ってそう言った瞳には、涙がいっぱい溜まってて。
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「…何で泣くん」
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そう声をかけた瞬間、雨と涙が一緒に彼女の頬を落ちてった。
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「何でもない」
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その理由がどこにあるのかなんて見当もつかない俺は、何も言えんまま。
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 ただ、持ってた傘をさしてあげるしかできんかった。
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…next
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