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Sevendays vacation 〜scene9〜
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「茜さん?」
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「ん?あっ…ほら、こっちのも捌いちゃお。
おなかだけ取って、焼いちゃう方がおいしいかな。おばちゃんに聞いてみよっ」
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さっき見えた気がした影なんて、見間違いやったみたいに急にスイッチが切り替わった。
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茜さん…普段もこんな風に人前に出る時には、スイッチを切り替えるんやろうか。
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お酒を飲みながらのバーベキュー。
隣の家の家族も合流しての賑やかな晩御飯。
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「壱馬くん!」 そう俺の隣に立ったのは隣の家の小学生の女の子。 2年生って言うてたっけ。
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「ん?」
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「あっちでさ、みんなでトランプしよ?」
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人懐っこいその子に手をひかれて、部屋の中に戻ると、茜さんと、その子の弟…。まだ幼稚園とかかなぁ…。2人で鉛筆を握って何か書いてて。
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「あっ、ちょうどいいとこに帰ってきた!ねぇ、ドラえもん!壱馬くんっ、ドラえもん書いて?」
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「はっ?」
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「ドラえもん!知らない?」
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「はっ?知らんとかないやろ?」
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この年まで生きてきて、ドラえもん知らんやつおるわけないやろ…。
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2人に近づくと、手元に置かれた紙に書いてある絵。
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「マジ?これ何?」
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「えっ?ドラえもんだけど」
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「うわっ、やばっ、こわっ。きもっ」
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「ちょっと!悪口!ر
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いや、思ったままの単語が、アルコールの勢いも相まってそのまま口から出てた。 
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だって、頭はかろうじて丸いけど、体との大きさの比率おかしない?ドラえもんってそんなスタイルよくないやろって。…5頭身位あるやん。
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「じゃあ、書いてよ、ほら…」
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おしつけられるように握らされた鉛筆。 

いや、さすがに俺も、これよりはうまく書けるで?
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「はい、こうやろ?」
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「あードラえもん!!」って、子供たちの声が上がる。 
いや、正直そんなうまくはないんやで?
でもまぁ、誰が見たってドラえもんって言うてもらえる仕上がりにはなったと思うから。
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「ほんとだ、ドラえもん…。ドラえもんだね、これ」
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「ふふっ(笑)」
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その素直な感想がなんかおかしくて、自然に笑ってた。
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『笑って下さい』って言われてからじゃない。自分の中から自然に沸いてくるその感情。
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『俺、笑ってるわ』って俯瞰的に思った。
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それから4人でトランプして…。 
茜さん、しっかり大人やのに、負けず嫌いっていうか、まだ5才の男の子相手に、少し位手抜いてあげたってええのに…、ババ抜きの時の真剣な目が、もう、やばかった。
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「負けず嫌いなんやな…」
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「ん?」
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「トランプ」
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「えっ、私じゃないでしょ。壱馬くんでしょ?それは」
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「はっ?」
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夜21時。
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お開きなったバーベキュー。 
俺ら2人はキッチンで皿を洗って拭く係。
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思ってもない事言われて、思わず皿を拭いてた手が止まる。
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「だってこーんな目してたよ。『こわっ』てなった」 って、目を細める茜さん。
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「いやいや、俺よりそっちやろ?」
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「えー、私よりそっちだよ」
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もう終わりのないこの会話。
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「ふっ(笑)」
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「何?」
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「いや、お互い様なんだろうなって思って。こういうとこが、私も壱馬くんも負けず嫌いなんだろうなって思って」
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確かにそうやった。
どっちかが折れたらええだけの話しやのにさ。
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「ん、ほんまやな。…ごめん」
 「…私も、ごめんなさい」
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悪かったなと思ったらすぐに謝る。
それができたんは、相手が茜さんやからなんかもしれん。
結構意地張って 『ごめん』が言えんかったりするから、俺。
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「楽しかったね2日目」
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「ん、せやな」
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「でも疲れたね…、太陽に当たると」
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「日頃当たらんからな」
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「私も」
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積まれてたお皿を洗い終わって、お風呂に入って出てくると、リビングの窓から外を眺めるその後ろ姿。

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声をかけようとして、止めた。
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…彼女が泣いてたから。
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静かに部屋に戻って、ベランダから見上げた空。
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彼女が見てたのはこの空。
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明日は天気が悪いっておばさんが言うてた。
夜やから暗いのは当り前やのに、重たそうな夜空。
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星なんて一つもなくて、そこにはぼんやりひとりぼっちで光少なく浮かぶ月。
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…寂しそうやった。
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それが、さっきの彼女と重なって見えた。
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…next
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