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Sevendays vacation〜scene6〜
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2nd day
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閉じた瞼の向こうに、光を感じるような気がして目が覚めた。
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何時だろ…、枕元のアイツを探すのはきっと無意識で。
手の触れる位置にそれがなくて、慌てて起き上がった。
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「はぁ…。だから、私って。…ほんと病気(笑)」
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視線の先、壁にかかる時計は5時半ちょっと過ぎ。
いつもよりも大分早起きだけど、それでもしっかり眠れたからか、体は軽かった。
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カーテンを開けると、太陽の光で海がキラキラしてて。
眩しいけど、でもずっと見てたい。
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窓を開けて大きく息を吸うと、少し冷たい空気が体の中に一気に広がってく。
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「散歩でしょ、これは」
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パジャマから、Tシャツに着替えて、顔だけ洗って玄関で靴を履いてると、目の前のドアがスッて開いた。
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「えっ…」
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「あっ…、おはようございます」
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「おはようございます」
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ドアの向こうの彼と、目が合った。
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壱馬 side
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目が覚めたのは、夢を見たから…。
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スポットライトの下で、俺は唄ってた。
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調子がすんごいよくて、マイクなしでも、どこまでも響いていきそうな位、自分の声が伸びてく感じ。
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『俺、唄えるやん…』
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そう思った瞬間、スポットライトに照らされてたはずが、急に真っ暗になって。
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「はっ?」ってなった途端、声が出なくなった。
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パチって聞いた險。
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「夢やん…」
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部屋にかかる時計はまだ5時前で、明るいとは言い難い空。
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でも、もっかい目を閉じるのは怖かった。
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ベランダに出ると遠くの空が、少しずつ明るくなってるのが、リアルにわかって。
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『近くで見たい』
そう思った。
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あの光の少しでも近くに行きたくて。
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Tシャツに短パンのまま、適当に髪を手で撫でて、キャップを被って外へ出た。
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太陽の光と俺の間に遮るものが何もない。 海辺に到着すると、まさにそんな空間で。
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細い光が段々と空いっぱいに広がっていく。
…キレイやった。
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絵に描きたいとか、写真に残したいとかそうじゃなくて、大事に心に留めておきたいそんな景色。
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水平線から太陽が全形を見せたら、薄暗かったそこはもう昼間と変わらない。
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でも息を吸うと朝の匂いがして、胸いっぱいに、それが広がる。
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「腹減ったな…」
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ここに来て、そんな風にちゃんと思い始めた自分に驚く。
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『おなかがすいたから何かを食べる』
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そんな普通の事から、随分遠ざかってたから。
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「朝ごはん何やろ…」
そう思いながら来た道を戻る。
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「おはよー」
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「あっ、おはようございます」
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全然知らん人にそんな風に声をかけられる事なんて東京では絶対になくて。
一応返事はしてみたものの、 聞こえるような声の大きさだったか、自信はない。
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「兄ちゃん、ちょっとこれ食べてみ?」
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畑から顔を覗かせたおじいちゃん。
手にでっかいきゅうりを持ってて。
きゅうりってサイズじゃなくない?それ。
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パキって半分に割ると、片方をかじって、 もう片方を「ん!」って俺に差し出した。
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クレヨンで色を塗ったよりも緑が濃くて。
表面のとげとげが、しっかり立ってて。
手で割られたその断面が、何かめっちゃ旨そうに見えた。
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「旨いで?食べてみ?」
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そう言われたら、もう食べないなんて選択肢はなくて。
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持った感覚もずっしりした重み。
歯にぐっと力を入れると、みずみずしさと、きゅうりって味がしっかりする。
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「うまっ」
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「やろ?…やからそう言うたやろが」
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そう言って畑に戻ってくその後ろ姿に 「ごちそうさまでした」 って声をかけて、食べかけのきゅりを持ったまま、また歩きだした。
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「何で俺、きゅうり持っとるん」 右手を見て、自分でそんな風にツッコミながら。
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玄関をそっと開くと、そこには俯いて靴紐を結んでる茜さんがおって。
目が合った瞬間 「あっ」って声になった。
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「おはようございます」
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「あっ、ん。おはようございます」
そう言うしかできない。
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「何できゅうり?」 俺の手を見てふふって笑った。
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化粧っけのないその顔。
目元を緩く下げて、年上とは思えない位、幼くかわいく笑う人。
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「私、ちょっとお散歩行ってくるね」
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「ん。いってらっしゃい」
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「あっ、帽子忘れたっ…」
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結んだ靴ひもをほどこうとして、もう一回座りかけたその頭にボスっと乗せた俺のキャップ。
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「よかったら…」
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「いいの?」
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「ん」
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「ありがとう」
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目深に被った帽子の向こう側に見える笑顔に、少しだけ…心の奥が波打った気がした。
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…next
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