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Answer…~scene36~
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「こんにちは、お世話になります」
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「おっ、今日一人?」
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店の隅っこにあるその場所で、作業中だった登坂さんが手を止めて俺と合った視線。
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「社長、ちょっと寄るとこあって。俺一人で、すいません」
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「いや、別にお前だけじゃダメって言ってるんじゃないから。ん、こっち」
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椅子をひいて、そこに座るように促すと、「コーヒー淹れるな」って。
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その椅子に座ると、隣にある作業場がよく見えて、テーブルの上に置かれてる指輪が二つ。
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ペアリング…。
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「はい、どうぞ。あっ、あれは売り物じゃないからな。お前にでも、売れないよ?(笑)」 

「…あっ、いやっ」
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「あれは、毎日のルーティン。いつまで続けるのかわかんないけど。 毎日、磨くの。
渡せる時がきた時に、一番輝いてる瞬間じゃなきゃ意味がないから」
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 「…ルナさんですか?それを渡したい人って」
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俺がその名前を出した瞬間、 一瞬止まった空気。
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「ふふっ」って笑うと、 その指輪を俺の前に置いた。
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「『結婚指輪って、その人の人生を縛る』
…俺、お前にその話ししたの覚えてる?」
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「はい」
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結婚指輪って、幸せの象徴だって17歳の俺は思ってた。 
だからあの日登坂さんに言われた 『結婚ってその人の人生縛るんだよ』 ってその意味はわからなくて、曖昧な返事しかできんかった。
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「ルナはさ... 本人が思うよりもさ、才能あんだよ。もう、出逢った時からそうだった。
 本人に自覚がどれだけあるかはわかんないけど」
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俺もそれは解る。
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うちの社長とはまた違った部分で、才能に溢れる人、ルナさんて。
王道な設計やけど、細やかな配慮がそこに加わって、 ルナさんの作るものには、彼女だけしか作れないものがあるって、そう思うから。
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「それなのにさ…あいつずっと言ってたの。 『私、結婚したらさ』 『子供ができたらさ』 って。
 『仕事はいいかな…臣のお店手伝うからさ』って。 
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俺といたら、こいつの才能を潰してしまう気がしたの。…ルナの未来を俺は縛ってしまうって。

俺にその覚悟はなかった。 自信がなかった…。
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 いつかアイツが自分の才能に気がついて…『俺のせいで自分の未来を手放した』 ってそう思うような気がしてさ。
怖かったんだよ。
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だから、少しずつ距離を置いて、 居もしない他の女の影をチラつかせたりしてさ。 
なのに、 俺…自分から別れようって言う勇気もなくてさ…ほんと、最低。 

『別れたい』そうあいつから言われた時ほっとしたんだよ。 『言ってくれた』 って。 
情けないよな。 大切な彼女に 『別れたい』って言わせるなんて…」
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ルナさんがいつか俺に言ってたのってこれ。

 太陽みたいな女の人が彼には相応しいって思ったって。 自分じゃないって…。 

『別れたい』って言われるのが怖くて、自分から離れてったって。


 相手の事を思って、 背中を向けた2人。 
そこには、しっかり『愛』 がある。
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「これ見てもらえますか?」

広げた設計図。
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その大きな紙に書かれた隅っこ 「T, IWATA」 と、 小さく鉛筆でサインがしてあった。
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社長の描く設計図に表紙がついてるなんて初めて見た。
それは社長から登坂さんへのメッセージ。
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大きな満月の前、そこに描かれた2人のシルエット。それは登坂さんとルナさん。
その隣にオリーブ色の壁のお店。


それを見た瞬間の登坂さんの顔を俺は一生忘れん。

すーって静かに息を吸って、そのまま止まった呼吸。 ゆらゆらって揺れる瞳。
まっすぐ落ちてく涙。

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『誰かの思い出を残せる』

社長の思いは届いたってそう確信できた。

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「やっばいな、これ」 そう言って笑って頬を拭った登坂さん。
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「はい、ほんまに。…あと、ここ」
持ってたタブレットで見せた俺が描いたそれ。
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「内装です。 ここは俺のわがままです。 『ふざけんな』って言われるかもしれないですけど、これだけは譲れません」
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お店の隅っこ。思い出の場所。
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「全部そのままです。 そのまま持って行きます、ここだけは。
 ルナさんが…大好きだった場所、大切にさせて下さい。 
ルナさんが登坂さんを思う、その気持ちに俺は寄り添いたいんです」
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「お前な…ほんと何してくれてんだよ」

そう言うと、親指で涙を拭って、はーって天井を見上げた。
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「ん、ありがとな」

そう、照れたように鼻を擦りながらくれた、感謝の言葉。
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俺がやりたい仕事…それはこれやった。

『誰かの思い出を大切にする』

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少しだけ、社長に近づけた気がした。
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…next

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前半パートの『結婚指輪って…縛るんだよ』この部分の真意はこれでした。回収完了(笑) himawanco