Pray～scene22～

俺は、その夜は病院に泊まって、翌日には家に帰れる事になった。

病院の先生に、何かおかんは言われてるみたいやったけど、今の俺は自分の怪我の事なんて正直どうでもよくて。

帰る前に早川さんのとこ…って思ったけど。

何を言うて、何を聞けばいいかがどうしてもわからんで。

まだリアルを受け止められずにいたから。

看護師さんに『病状は安定してる』って事だけ確認して、病院を後にした。

早川さんからの連絡もないまま、年は明けて…。

あちこち傷だらけだった手足も、もう絆創膏も必要ない位になった頃。

明日から3学期っていう日。

『川村くんとほくちゃんに話したい事があるの』って連絡が来て、向かった学校。

新学期前で、部活があるやつら以外はいなくて、静かだった。

教室のドアを開けると、早川さんがもう先に来てて、俺の方を見ると「やっぱり早く来た」ってそう笑う。

「ひさしぶりやな…体は?もう大丈夫なん?」

「ん、もう大丈夫。連絡しなくてごめんなさい。ありがとう…ごめんね……。

『ありがとう』も『ごめんね』も直接言いたかったの」

「ええよ、全然。気にする事やない」

「ん」

いつもみたいな元気な感じはなくて、会うのが久々で、俺もそっから先の言葉は続かんかった。

「ごめん！遅れた」

そのタイミングで、部活終わりの北人が顔を見せて、ちょっとだけほっとして。

この張り詰めた空気に耐えられんかったから。

嫌な予感…どうしてもそれが拭えない。

「ほくちゃんも、探してくれたんだよね？クリスマスの日、ありがとう。…ごめんね」

「えっ？当たり前でしょ？友達なのに...」

『何言ってんの尚ちゃん。でも今度、コロッケパンおごってよ』って、洋服を直しながそう言って。

いつもやったら「はっ?」ってちょっと怒る早川さんが「ん」って小さく頷いて。

やっぱり、いつもと違う…。

何を言われるんやって、怖くて仕方なくて。

『何を…』

その想像は何となくできてて。

こんな改まって呼び出して言うような事...。

クリスマス…あの夜、お父さんから聞いた事。

俯いたままだった彼女が、意を決したように顔を上げた。

なのに、俺らの顔を見て、また言い出しにくそうに、躊躇って下を向いた。

苦しそうやった…悲しそうやった。

「尚ちゃん？」

「…あのねっ？私…三学期終わったら転校するの。おばあちゃんのとこに行くの、長野」

直接聞くまではって、ずっと思ってた。

彼女の口から聞くまでは認められんかった。

ぐっと閉じた瞼。

「何でなん」…それは言葉にはできんかった。

彼女の気持ちを抉る…そんな気がしたから。

どんな思いで、今、俺らにそれを伝えてるかって思ったら…図り知れんかったから。

「だから、後2カ月ちょっとかな、こっちにいられるの」

必死に言葉にしてくれてる。平静を装おって…。

ちゃうやん…。ほんまは。

そんな普通に言える事やないやろ？

「いいの？尚ちゃんは、それでいいって言ったの？」

「私に選択権はないから」

「壱馬はいないよ？俺だって…」

「だね…イケメンの味方いなくなっちゃうね」

凭れてた机から黒板の方へと歩いてく彼女の腕を掴んだのは、北人で。

「何で、諦めちゃうの？

…尚ちゃん！！壱馬がどんな気持ちでいるか考えたっ？！

…ね？３人で考えよ？俺も、考えるから！

もっといっぱい考えるから！諦めるなよ！！」

そんな風に声を荒げる北人を今まで見た事なくて。俺の心配なんて、今…。

「ほくちゃん… もうね、辛いの。

私、あそこにいたら、苦しいの、もう無理なの。

…がんばれない…ごめんね」

彼女の揺れる瞳から涙がまっすぐ流れると「ごめんね」って北人の手をそっと離して。

「後2カ月だから、明日からは休まず真面目に来るように、2人とも。

いい？以上！それだけ伝えたくて。

わざわざ来てもらって、ありがとうね」

そう言って、少し笑って…出てった。

何やろ…悲しいはずやのに、全然泣けなくて。

膝をついて「何だよ… それ」って俯く北人にかける言葉さえ見つからなかった。

大切な、彼女。

大事な、親友が…。

こんなに傷ついてるのに、俺は何もしてやれんかった。

… 一緒に泣いてやる事すらできんかった。

俺らが望んでる事って、そんなに贅沢な事なん？

ただ、『普通』の高校生活を送りたい、それだけやんか。

後１年やで？それ位…。

それ位叶えてくれたって、ええやんか。

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