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Pray~scene20~
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「川村くん…寒い」
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腕の中の彼女がカタカタ震え出して。
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着てたジャケットを彼女の背中にかけても、びしょ濡れの俺らにはそんなん気休めでしか ない。
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雨が霙に変わっていく。
冷たいはずの頬が赤くなってて、浅く繰り返す呼吸。
ふれたそこは「あかん」ってわかる温度。
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「早川さん!」
ふらっと立ち上がる彼女を背負って、スマホの小さい光で足元を照らして、来た道を急いだ。
俺の背中で、力を失くしてるその体。
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彼女になんかあったらって、怖くて、必死やった。
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目の前にガードレールが見えて、足元が土からアスファルトに変わる辺り、俺の視界も揺らいでいく。
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降りてく瞼に眩しい光を感じて、背中の彼女を連路脇に降ろして、その光に向かって足を進めた。
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もう、これしか…
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「誰か…彼女を…お願いします…」
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光に吸い込まれるように、すっと意識が遠ざかっていった。
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「壱馬?壱馬!」
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聞きなれたその声がして…。
ゆっくり開いた目。そこには北人がおって。
「ほく…と?」
「よかった… 」
「俺…」
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「道路で倒れてるの、通りかかった車の人が救急車呼んでくれて。お前、手も足も傷だら
け…」
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手足も頭にも巻かれてる包帯。
必死やった… 俺がなんとかせんとって。
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「…早川さん、 北人! 早川さんはっ?」
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「尚ちゃん…とりあえず大丈夫だから。 ケガはね、擦り傷位だって。…でも肺炎にね、なってるって。
少し入院する事になったってさっきお父さん達…」
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「早川さんの親…来てるん?」
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「ん」
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「ちょっ、連れてって、そこ」
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「…ゃ、でも、お前、怪我」
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「ええから!!どこ?なぁ!!」
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どこが痛いとか今、そんな事言うてる場合やない。
言いたい事がある。
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大人やからって、彼女の親やからって。
そんな事わかってる。
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それでも...。
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足を引きずる俺に肩を貸してくれる北人と一緒に彼女の病室の前。
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俯く大人が2人。
会話もなく、薄暗い中に座ってた。
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「早川さんですか?… 尚さんのご両親ですか?」
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俺の声に上げた顔。
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「川村と言います」
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「君が…尚を…」
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「はい」
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「ありがとう。 ケガ、すみません」
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2人とも立ち上がって、俺に頭を下げた。
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「…本当ですか?」
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「えっ?」
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「早川さんの事、いらないって…。そう言うたんですか?」
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「いや、あの…ん」
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否定してくれんかった…。
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「違う」 そう言ってくれるってそう思ってたのに。
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さっき蹲って泣いてた彼女。
俺の腕の中、震えてたその感覚が….。
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頭を下げたままのお父さんの肩を掴んで引き上げた。
もう抑えなんて効かんくて、力任せに思いっきり。
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「っざけんなっ!!
あんたらのせいでな!早川さんがっ! 何で自分の娘にそんな事…、そんな事言えるんや!?
必要ないなんて、そんなっ! 早川さんが、どんだけ傷ついてっ!!」
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「壱馬っ!」
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止めに入った北人を振りほどいて胸ぐらを掴むと、俺の目を見てその人は口を開いた。
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「尚には、申し訳ないと思ってるんです。でも、もう決めた事なんで。春には私の実家の 長野に…尚も納得してくれて」
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「え……」
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聞いてない。
長野?何…? えっ…。
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「尚ちゃん…、転絞って…事ですか?」
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「3年に上がる時に、その予定です」
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もう怒りを通り越えて、何も言えなくて。
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何でこんな事になってるんか、わからん。
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えっ?俺ら、離れ離れになるん?
やっと…ちゃんと付き合う事になったのに?
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… こんなに好きやのに?
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何でなん…そんなんお前ら大人の勝手やんか…。
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膝に力が入らんくて、そのままずるずる落ちてく。
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「壱馬!ちょっ、とりあえず戻ろ、な?」
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体を支えられて戻った病室。
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「壱馬?大丈夫?」
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「長野って何?何なん?…北人」
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「…」
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「納得してくれたって、俺は?
…俺、何も聞いてないんやって」
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「…ん」
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「北人、俺、どうしたらええ?…なぁ。
何か言えや! 言うてくれや!
いつもみたいに、ええ方法考えろや!!
なぁ、北人っ!!」
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北人に怒ったってしゃーないのに、もうコイツにぶつけるしかできんくて。
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掴みかかった俺の手をぎゅっと握るその手は小さく震えてた。
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「壱馬、ごめんな…ごめん」
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…その手に涙が落ちてく。
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北人…ちゃうんや。
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辛いんは、ショックなんは…俺だけやない。わかっとる。…でも、もうお前にしか。
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その日、俺は、北人がそんな泣いてるんを初めて見た。
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「壱馬、ごめん」
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そう涙を流す北人に、何も言えんかった…。
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