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Pray~scene1~
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「あのー…早川さん?」
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そう声をかけられたのは、高校2年の一学期の中間テストの前。
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「…っ?…はい?」
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「ぁのさぁ… 数学、教えて欲しいんやけど…」
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高校の近くにある、 県立図書館 。
放課後よく寄る場所だった。
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お気に入りの窓辺の席。 
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そこにある大きな窓からは、桜が散って青々とした葉っぱが茂り始めてるのが見えた。
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誰かに話かけられるなんて想像してなくて、上ずった返事になって。
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「川村くん?」
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「俺の事わかるんや?」
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「わかるでしょ。クラスメイトだもん」
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「さすが、学級委員長」
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何かそれが嫌味に聞こえた私。
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 手元のプリントに目を落とすと 
 「おいっ。えっ?ごめん。
  いや…俺なんか、認識されてるって思わんかったから」  って慌てたように言葉がかけられた。
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「シー!」
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「あっ。シー!!やな(笑)」
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そう言って、人差し指を口元に持ってくと、優しく笑って私の隣の席に座った。
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「何で、私がここにいるの知ってるの?」
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「いやっ、えっ…あー、先週帰りにたまたま見かけて?今週もおったら声かけようて…」
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何かちょっと怖い気もしたけど。
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「いや、ほんま、たまたまな?たまたまやで??」 
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その必死な感じがなんか、かわいくて…。
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川村壱馬くん。
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クラスメイト。
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授業中は寝てるイメージ。
4時間目が終わってお昼ご飯になると、急に元気になって…。 たくさんの友達に囲まれてる、そんな子だった。
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その子が私の隣に今、座ってる。
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「ここっ、教えて?」
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鞄の中からバサバサって取り出したプリント。
 彼が指さしたのは、上から二つ目の所謂、 基本の問題。
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「ちゃんと授業聞いてる?これ、ベーシックだよ?」 
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「んー聞いてる?まぁ聞こえてるって感じかな(笑)」 
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「それじゃ、 意味ないでしょ」 
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「ん……はい」
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あからさまに凹むその感じに、ふふってこみあげる笑い。
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そんな私を見ると、川村くんも笑ってた。
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「この問題ね、二次方程式と…」
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ノートの空いてるとこに式を書いて···。
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「ココと、 ココをねっ」
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「字キレイやんな…」
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「はっ?聞いてる?!」
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「ウソ!ウソです。ちゃんと聞きます。 もっかい、早川さん、お願い」
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「もー、はい。じゃあもう一回説明するよ」
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なんだかんだ言いながらも、一回ちゃんと説明すれば、すぐにわかったらしくて 。
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そりゃそうだ。 うちの高校、普通に進学校だし。
ここに入れたって事は、それなりに勉強だってできるはず。
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プリントが終わった後、次はワークを広げてて。
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「んー」
「えー、無理やて」
「もーわからん」
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そんな独り言を聞けば、気にならないわけなんてなくて。
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「どこ?わからないとこ」
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「教えてくれるん?」
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「…ん」
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「お願いしますっ」って私の前に持ってきたワークブック。
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そんなやり取りが何ターンか過ぎた頃。
 19時の閉館のアナウンスが聞こえる。
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「ごめんな。 俺、邪魔して」
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「ん、大丈夫」
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まぁ、自分の勉強はあんまり進まなかったけど、でも、いつもよりもあっと言う間にすぎた時間。 
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もう少し…って、一瞬過った思い。
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『わかった!』『ああっ、なるほどな』
って、隣でオーバーすぎる位のリアクションをくれる川村君。 
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ちゃんと話すのは初めてで、川村くんてこんな子なんだって知った。
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閉館間際、人はまばらで2人並んで外へ出ると、もう外は暗くなり始めてた。
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図書館の小さい街灯に照らされて、影が伸びる。
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「送ってくわ、遅なったし」
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「んーん、大丈夫。いつもこの時間までいるから、慣れてるし」
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「何かあったら嫌やから、送る。…イヤ?俺とおるとこ、誰かに見られたら」
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「 …そういうんじゃないけど」 
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「じゃあ、行こ」
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駅までの道、歩いて15分。
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自転車を押す川村くんの隣を歩いた。
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「早川さん?」
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「ん?」
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「いやっ、 何でもない。」
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「ん?何それ…(笑)」
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 「ごめん、気にせんで」
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少し歩く速度が上がった川村くんの背中をおっかけた。
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男の子にしては小柄なはずなのに、追っかけた背中は大きく見えた。
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「俺、こっちやから。今日ありがとな」
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駅の入り口、自転車を停めると私に 「じゃあ」って右手を上げた。
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「ん、送ってくれてありがとう」
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 街灯の灯る中に消えていくその後ろ姿を、 見えなくなるまで見送った。
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乗り込んだいつもの電車。
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制服を着てる子はもう少ない時間
明るい車内の様子が映る四角い窓。
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そこに映る私は、どう見てもまだ高校生で。
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「早く大人になりたい…」
そう呟いた。
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…next
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