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Only one~scene31~
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「栞さん!」
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『朝倉さん意識戻りました』そう言われて向かった病室。
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少しだけ起こしたベットの上、俺の顔を見て優しく笑った。 
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隣の壱馬は、何度も頬を拭ってて。
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『壱馬 、ずっと泣いてて』呆れたようにそう微笑んだ。
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「ちょっと見せてくれる?」
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触れた手首、首筋、しっかり温かくて「生」 を感じる鼓動を刻んでた。
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「ん、もう大丈夫。よくがんばったね、おかえり」 
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「ありがとう、岩田さん。私の手術…してくれたって」
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「ん、俺、一応医者だしね(笑)」
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「知ってる(笑)」
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「壱馬、ほら。いつまで泣いてんだよ…」
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「だって…無理やもん、こんなん」
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『あかんて、もう』
って鼻をすするその頭をちょっと強めにわしゃわしゃ撫でた。
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「よかったな」
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「....ありがと」
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「私、2人に助けてもらったんだね。 死ねないよ、そんなの(笑)」
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そう笑う彼女。
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俺が見たかったのはこの顔だった。
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「だいぶ長い時間眠ってたから、これからしっかり食べて、ゆっくり元気になっていきましょう」
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「…はい」
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「じゃあ、俺はこの辺で」
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栞さんが目を覚ましたのは、医療だけじゃない。 
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それよりも 『生きたい』って彼女の強い思いと、『生きて欲しい』っていう壱馬の願いなんだ。

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壱馬side
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2週間後。明日退院てそんな日。
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「買うてきたで?もぉさ…11時に並べとか、マジ俺の事何やと思っとん」
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「ふふっ(笑)だって、何でも食べたいもの買ってきてくれるって言うから」
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彼女の目の前に差し出したビニール袋。
その中身は、平日の11時にしか売ってない塩バターメロンパン。栞の大好物。
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「壱馬?1個だけ?」
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「ん… 『おいしいを共有できたら嬉しい』 俺もそう思えるようになったから、1個にし といた。残りは、他の誰かに置いてきた」
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17才のあの時は、栞の『知らない人とでもおいしいを共有できたら嬉しい」 それがイマイチぴんと来んかったけど、今ならわかる。
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それは、栞と一緒に過ごしてきた時間があるからで。
彼女のそんな小さな優しさの側にずっとおったから…。
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「大人になったね、 川村くん」
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「いつまでも17才ちゃうから、からかわんで」 
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「ふふっ(笑)。はい、じゃあ半分こ。一緒に食べよ」
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 並んで座って、半分のメロンパンにかぶりついた。
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「うまっ」
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「おいしー!」
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半分のメロンパンでこんなに幸せな気分になれる。それはやっぱりこいつといるから。
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「栞…?」
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「ん?」
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 「俺24なんよ、今。… 俺らが出逢った時、栞、24やったやんな」 
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 「ん、そうだね」 
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 「7年やで、俺ら…」
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色んな事があった…。
 一緒にいられなかった時間もあって、泣いて過ごした時間もあった。 
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それでも今、俺らは一緒におる。これからも....
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「春から大阪…一緒に行って欲しいんや」
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「ん…もちろん。あっちで仕事探さないと 」 
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「そうなん?『 俺の奥さん』って仕事は?」
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 「ん…壱馬先生、まだ不安だし(笑)」
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「お前なっ」
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「(笑) 違う。 私がね、まだ先生やりたいの。···いい?」
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「ん…もちろん。先生は栞の夢やもんな。続けて欲しいって俺も思う」
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「ありがとう」
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先生って仕事に誇りを持って…そんな栞はほんと、素敵やって思うから。
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「やっぱり、メロンパン半分じゃ足りないっ」
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「まだ食べるん?」
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「元気になるには食べるのが一番だって、岩田さんも…」
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「もう元気やん?栞、ちょっと顔、丸なったんやない?」
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「嘘っ」
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「鏡、見てみ?(笑)」
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洗面台に確認にいくその慌てっぷりが、あぁいつもの栞やなって、帰ってきたんやなって。
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『コンコン』
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「はい」
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「何、2人して大きい声で…外まで聞こえてる」
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「えっ?嘘。ごめんなさいっ」
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「冗談(笑)」
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顔を出してくれたのは、兄貴で。
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『はい、これ、退院祝い』栞の前に差し出された紙袋。
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「探すの大変だった…もう、割っちゃダメだよ」
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その重さと言葉。 栞は、中身がすぐにわかったみたいやった。
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「ありがとう。大切にします」
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「兄貴、ありがと色々。親父の事も、おか…ぁさんの事も頼むな」
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「無理にそう呼ばなくていいから。 ちゃんとわかってる」
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そう言って頭をポンポンって叩いた。
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「じゃあ、俺行くな」
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「ん」
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兄貴を見送って、持ってた紙袋をそっとテーブルに置くと栞が俺の方を振り返って。
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「 壱馬?」
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小さく呼ばれた名前。
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「ん?」
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「私…幸せ」そう優しく笑った。

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病室の大きな窓で切り取られた景色、 優しい光が帯になって降り注ぐ。
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愛する彼女が隣で笑ってる。
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これ以上なんてありえない、そんな瞬間やった。
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…next is last scene

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