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Only one~scene29~
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手術を終えて、開いた重たい扉。
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そこには、俯いたままの壱馬が力なく座ってた。
俺を認識するとバンって立ち上がって、掴まれた腕。
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「栞はっ?栞…」
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「ん。 やれる事は全部やった。もう、こっからは…わかるよな?」
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「…ん」
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そのままふって力が抜けたようにしゃがみこんで。
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「壱馬?大丈夫?着替えよう?手も洗わないと…」
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「兄貴?」
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「ん?」
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縋るように、俺の腕を掴んで。
見上げるその瞳は真っ赤で。
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「…大丈夫やって、言うて?
栞、 大丈夫やって、お願いやからそう言うてよ!兄貴すごい医者なんやろ?
…やったら、大丈夫やんな?死んだり…せんやんなぁ?なぁ!!
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俺、無理やもん…あいつがおらんようになるとか、そんなんイヤや…」
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床にポタポタ涙が落ちて、「イヤや…イヤや…」って何度も首を振ってそう繰り返すその背中に手を乗せた。
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「壱馬?お前がいたから…」
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「…っ?」
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「応急処置が適切だった。きっとあれがなかったら、無理だったと思う。
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 …お前が助けたんだよ?
 きっと栞さんも、それをわかってる。
 彼女がんばってるから、今」
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「… 会える?栞に」
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「 話ししてあるから。側にいてあげて」
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両手で涙を拭って立ち上がる壱馬を支えると「顔、洗ってくるわ」って。
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彼女の状態は『大丈夫』と言えるものでは正直なくて。
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医療に携わる者として、これは違うのかもしれないけど。
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後は、本人の『生きたい』って力にかけるしかなかった。
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もちろん精一杯、できる事はやった。
でも、俺は無力だなってやっぱりそう思う。
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 彼女の『生きたい』気持ちに賭けるそれしかできないなんて。
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壱馬side
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事故から5日。
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「壱馬」
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優しく呼ばれた名前に顔をあげると、「お前は…なんて顔してるんだよ」って兄貴がいて。
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「ちょっとは帰って休め。メシ、ちゃんと食べて来い、な?」
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「イヤ、いい」
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栞の意識は戻らないまま、もう5日。
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腫れの引いてきた顔、静かに眠ってるようにしか見えなくて。
それが逆に怖かった。
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もう、このまま起きないんやないかって。
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スヤスヤ気持ちよさそうで。
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もう、このままでいいって、栞が思ってるんじゃないかって。
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いっぱい 泣かせたもんな…。
辛い思い、いっぱいさせた。
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栞?
もう戻ってきたくない…?
俺となんて…って思っとる?
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「今日は、俺がついてるから。 お前は一旦帰れ」
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「ええから、俺は大丈夫やから。 兄貴、当直明けやろ?帰って寝ぇよ」
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「壱馬。そんなんじゃ…彼女が目覚める前にお前が…っ」
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「…嫌なんやって…怖いんやって。
 この手が冷たくなるのが怖いんやって。
  握っとかな、栞がどっか行ってしまいそうなんよ。帰ってこんような気がするんやって」
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目を離したら、手を離して、もし何かあったら。 
そんな思いを抱えたまま、もう5日。
 ずっとここにおる。 
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言いたい事あるんよ…。 謝りたい事も。
 伝えたい事いっぱいある。
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「はぁ…何言ってもダメか。
わかった。とりあえずシャワー浴びて来い。 それ位はしろ?な?
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俺、その間ついてるから。
信用しろ…お前よりは頼れる医者だと思うよ?俺の方が」
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「…わかった。じゃあちょっと行ってくる。栞の事、頼む」
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剛典 side
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ふらふらと病室を出てく後ろ姿を見送って、さっきまで壱馬が座ってたそこに腰を降ろした。
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「俺で、ごめんね」
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壱馬の代わりに握った手。
初めてちゃんと握った…。
小さな手だった。
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「栞さん?まだ言えてないんでしょ?壱馬に。
壱馬、待ってるよ。
このままじゃ、アイツが倒れちゃいそうだよ。医者なのに、そんなのダメだよね…」
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握った掌に反応なんてないのに、声をかけ続けた。
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いつか、瞳をあけるんじゃないかって。
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「栞さんが事故にあった時、応急処置したの、 壱馬なんだよ?知ってる?
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ほんとあんな場面で、しかも相手が自分の大切な人で。 
そんなの、俺だったらきっと何もできないよ・・・ 怖くて震える。 
でも、壱馬は違った。 ほんとすごいよね。 すごいって思う」
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できる事じゃない。
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 きっと足が竦んで一歩も動けない、俺だったらそうなる。
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「…帰ってきて?お願い。 帰ってこなきゃでしょ?ね?」
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静かに眠るその顔は、本当に苦しそうでもなくて。
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 壱馬が、この手を離したら本当にどっか行ってしまいそう、その気持ちもわかった。
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亡くなった人の冷たい手を俺は知ってるから。
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 だからその手を包んで、温め続けた。
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たとえ、俺に向けられたものじゃなかったとしても、栞さんには笑ってて欲しいから。
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.…next
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