.
.
.
Only one~scene22~
.
.
.

「「おめでとうございます」」
.
「「ありがとうございます」」
.
.
お祝いやのに、微妙な雰囲気が流れるままその食事会は始まった。
.
.
栞のいない、一年。
.
ほんと、栞に出逢う前の俺ってどうやって生きてきたんやろ?って思う位、もう、何をし
たらいいかもわからんくて。
.
.
『夢を、約束を守って欲しい』 ただ、 栞のその言葉を胸に過ごしてきた。
.
 国家試験に合格できたら、もう本当に何も目標はなくなって…。
 .
  夢は叶ったのに、母さんとの約束は守れたのに。 
  .
  .
なのに… 俺の中の一番大きなピースは埋まらないまま。 
何よりも大切な彼女はもう、俺の隣にはいない。
.
.
「お祝い、久しぶりに外でごはん食べようよ!」
.
国家試験合格のお祝い…。
気分が少しでも変われば…そんなん無理やってわかってるのに、もう何にでもいいから縋りたかった。
.
 小林さんに誘われるがまま、久々に人の多い街中を歩く。
.
.
人混みの中、 見え隠れするその姿に目を疑った。
.
お互い近づいてくると、疑念は確信に変わって。
.
.
栞が、兄貴の隣で笑ってた…。
.
.
あぁ…俺の事なんて。
もう…そうやわな。
俺にないもの、何でも持ってるもんな。
俺といてるよりもずっと…。
.
そう思うのに、やっぱりうまく受け止められんくて。
.
その思いの先は兄貴に向けるしかなくて。
.
.
『幸せにしてやって欲しい』 そう伝えたいのに 『最低やな』って、そんな風にしか言えんかった。
.
.
こんな微妙な食事会でも兄貴はやっぱり大人で。向かいに座る小林さんの話しにちゃんと
受け答えしてて。
.
.
俺には到底できっこない。
 愛想笑いも、フラットに喋る事さえも。 
.
ただ、聞かれる事に相槌を打つくらいしかできんかった。
.
.
それは栞も同じで…。
.
.
料理を取り分けると、 一口ビールを飲んだら、俺と視線を合わせる事もないまま俯いてた。 全然楽しそうやない。
.
あんなによく笑う子やったのに。
俺がいるからか?
俺に遠慮してんのか?
兄貴の隣でさっき笑ってたやんか。
.
.
ふと目をやった、目の前の取り皿の上。
.
キレイに玉ねぎだけが取り除かれてて、きっと無意識やろけど、まだ栞の中に俺はおるんやないかって…そう思わせる。
.
.
途中、電話がかかってきて、 席を外してた兄貴が、バタバタ戻ってくるとかばんを引き
上げた。
.
「ごめん、病院から呼び出しで、行かなきゃなんだ。栞さん、送ってあげられなくてごめ んね。危ないからタクシーで帰るんだよ」
.
「あっ、うん」
.
「帰ったら連絡いれてね。壱馬?ごめんな。里香さんも」
.
 「いや、私達は大丈夫です」
.
.
帰り際、栞の方を見て、「また連絡するね」 ってそう呟く顔は、優しくて。 
.
兄貴は本当に栞の事が好きなんやろうなって、大切に思ってるんやろうなって、俺が見たってわかる。 兄貴になら栞を…。
.
.
「ちょっと、私もトイレ」
そう立ち上がった小林さん。
.
.
残された、俺と栞。
周りのガヤガヤした音ですら耳に入らなくて、ただ目の前に座る俯いたままの彼女を見てた。
.
.
意を決したように上げた顔。
.
.
「元気にしてた?壱馬」
.
「ん。栞は?」
.
「ん。 元気だよ。 国家試験おめでとう」
.
「ありがとう」
.
 「お医者さん…夢、叶ったね。よかった」
.
そう言ってやっと少し口元を緩めて。
…無理やり笑ってた。
.
.

『へたくそやな、笑うん』
.
俺がわからんとでも思う?どんだけお前とおったと思っとる?
.
.
「栞、あんな?」
.
「私、帰るね。2人のお邪魔してもだし…」
.
俺がかけた声に、慌てたように荷物を持って立ち上がって。
.
.

そこに戻ってきた小林さん。
.
.
「栞さん?帰っちゃうんですか?」
.
「あっ、ん。 私がいるのもなんだから。ゆっくりお祝いして、じゃあ」
.
そう言うと席を立って逃げるように出ていく。 
.
.
『ありがとうございました』
.
店員さんの見送りの声が聞こえた瞬間、俺は、立ち上がってた。
.
.
 やっぱ無理。
 今追っかけな!って。
 絶対後悔するって、頭の中が煩かった。
.
.
「壱馬くん?」
.
「ごめん。ほんまごめん。 また連絡する」
.
.
地下からの階段を駆け上がって。 左右を見ると視界の速くに見える、後ろ姿。
.
.
「栞!」
.
.
.
俺のその声は届いたのか届いてないのか、走り出すんじゃないかって位のその背中を、必死に追いかけた。
.
.
.




…next