.
.
Only one~scene21~
.
.
.
.
「岩田さん、お待たせ」
.
「ん、いこっか?」
.
「ん」
.
.
.
.
彼女の笑った顔をまた見たくて…。
.
.
色んな理由をつけて、ご飯に行ったり、ドライブをしたり。 
そんな一年を今俺は、曖昧に過ごしてる。
.
.
自分が属する場所に名前なんてなくて。 「友達」 でも 「彼氏」でもない。
.
.
それでも、そばにいたくて…。
.
.
ほんの少しずつだけど、敬語が取れて、少し後ろを歩いてた彼女が、隣を歩いてくれるようになって。
.

『俺でも…』そう思い始めてた。 
.
『いつか』 は来るかもしれないなんて、小さな希望を持って。
.
.
.
「今日は付き合ってもらっちゃって、ありがとう」 
.
「全然大丈夫。あぁいうの嫌いじゃないし、連絡もらえて嬉しかった」
.
.
壱馬と別れてから季節が一周しようした頃、ようやく引っ越しを決めた栞さん。

引っ越したものの、テレビの設定やら何やら、『うまくできなくて』 って連絡があって。
.
 理由はなんであれ、 彼女の中に浮かんだ一番が俺だって事は率直に嬉しかった。
.
.
.
「岩田さん、晩御飯ごちそうさせて?何がいい?」
.
「んー、 何だろ…栞さん何食べたい?引っ越ししたから、やっぱりおそば?」
.
「私の好きなものに付き合ってもらったら、意味ないよね…(笑)」
.
「そう?それもアリでしょ。あっ、あれ!」
.
.
.
俺達の視線の先、銀杏の木があって、風が吹くと、黄色がひらひらと舞ってた。
.
.
「綺麗…」
.
「これ、栞さん、好きなやつだよね?」
.
「ん、このカサカサってね…」
.
舞う銀杏じゃなくて、足元のそれに目を落とすと、ショートブーツで嬉しそうに、その上を歩いてて。
.
.
『愛しい』
.
その伏し目がちに微笑むその横顔が、ほんと苦しくなる位、大好きだった。
.
.

「これで、俺、コンプリートだ」 
.
「えっ?」
.
「去年のクリスマスのイルミネーション、こたつのアイス。それで、銀杏のカサカサ…」
.
彼女の三大好きな物。
.
.
.
「…岩田さん?」
.
「ん?」
.
「ありがとう、側にいてくれて。私ねっ…」
.
「ほら行くよ、ごはん。お蕎麦かなぁ…、ビールも飲んじゃう?日本酒かなぁ、ねぇ?」
.
.
途中で無理やり切り上げた会話。
.
.
聞きたくない。
彼女が何を言いたいのか、わかるから。
何度も俺に伝えようとするのを、毎回遮って。
その度に、何ともいいようのない顔をして…。彼女が罪悪感に押し潰されそうなのがわかるのに、俺はそこから先を聞けずにいる。

.
.
.
…ずっと栞さんの中にはまだ。
.
それが、側にいればいる程、わかるのに。
.
.
.
.
.
人通り多い夕方の街を歩いていると、正面から歩いてくる知ってる姿…。 隣に女の人を連れてた。
.
.
『会わせたくない』そう思って脇道に入ろうとしたのに、「栞さん?ですよね」ってその 女の子がこっちへ駆け足でやってきて。
.
.
 隣の彼女の足が止まった。
 .
 壱馬を一瞬見るとすっと視線を外して。
.
.
「こんばんは。お久しぶりですね、栞さん。 彼氏さんですか?」
.
「小林さん、ちゃうから。俺の兄貴」
.
「えっ?栞さんて壱馬くんのお兄さんと付き合ってるんですか?」
.
「いやっ…私…そういうんじゃ…」
.
消え入りそうな声でそう言うと、俯いてしまった彼女。
.
.
「これから壱馬くんと国家試験の合格のお祝いでご飯行くんです。 一緒にどうですか?」
.
「ちょっ、待てって」
.
「何で?いいじゃん。 人数多い方が楽しいでしょ?ずっと勉強ばっかりで、外でご飯食べるのなんて久しぶりで。一緒にお祝いして下さいよ。 お店すぐそこなんて」
.
そう言うと、その女の子が栞さんに腕を絡ませて強引に連れてって。
.
.
そんな2人の後ろを追いかけようとする俺の腕を壱馬がぐっと握った。
.
.
「栞と?そうなん?」
.
「あぁ…、そうだけど」
.
.
咄嗟に口から出た嘘。
.
.
すっと俺の腕から手を離すと、 
「…最低やな」 
そう小さく呟いた。
.
.
.
.
ほんと、最低だよ。 
.
お前に言われなくても、そんなの自分が一番わかってる。
.
.
.
弟の彼女…。
弱みにつけこんで、今、俺は隣にいる…。
.
.
.
鳥肌がたつ位最低だよ。
.
.
.
.
でも…それでもいい。
.
.
.
.
.
.

…お前には渡さない。
.
.
.
.
.
.
…next
.
.
.