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Only one~scene18~
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ピンポン。
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「栞!」
誰かも確認せずに開けた扉。
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そこにいたのはこの場所を知るはずない人。
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「何で?」
「栞さん見つかったから。無事だよ、心配ない」
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「はっ?」
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「今、うちにいる」
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状況が解らんくて…あんなに探したのに見つからなかった。 
見つけたのは兄貴で、兄貴の家に栞はおるって。
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「俺、今日は実家に泊まるから。『ゆっくりしな』そう言ってきた」
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「どこ?今からっ」
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「 行って何を言うの?引きずってでも帰るつもりか?」
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「そうや!栞は俺のっ…」
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「ちゃんと考えろよ!
何をどうしたら彼女が泣かずに済むのか。
 本気で彼女を思うなら、一番大事にしなきゃいけないのは何なのか。彼女がどんな思いでっ…」
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「兄貴に何がわかる?俺と栞が過ごしてきた時間の何がっ!」
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誰にもわかりっこない。 
高校生だったあの頃、大好きで必死で。 
ようやく手に入れた大切な人。 
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どんだけケンカしたって、別れたいなんて思った事一回もない。
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側にいられなくなるなんて、想像した事もない。

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「…好きなん?」
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今日、栞を見た時のあの顔。
俺が見つけられんかった位やのに、必死に探してあいつを見つけて。
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兄貴を、そうさせる感情…。
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「ん…」
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「本気なん?」
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「そうだって言ったら、手を離してくれる?俺は、お前よりも彼女を愛してるって言える、 俺の方が幸せにしてあげられる」
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まっすぐに俺を見るその瞳。 
瞳の奥にしっかりとした意思を感じて、震える位怖かった。
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それを認めたくなくて、ぐっと胸元を掴んで詰め寄った。
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「川村の名前も、病院も、あの家も全部やる!!でも栞だけは、あいつだけは、絶対渡さん!」
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そのセリフは兄貴に向けたモノ。 そして、自分への覚悟。
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「わかった。 明日彼女をここに連れてくるから、2人で話ししな?じゃあ」
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俺の返事を聞く前に閉められたドア。
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「何やねん。これ…」
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今まで生きてきて『こいつには勝てん』って思ったのは、兄貴だけで。
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そいつが栞を好きやって言うて。
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『栞だけは絶対に渡さん』 その思いと、 『兄貴には勝てない』その思いが交錯する。
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何をどう考えても、結論なんて決まってて。
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栞の事を思うなら何が一番ベストなんか。 どんな思いで俺に別れようって言ったのか。
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そんなん、何もわからん。
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 ただ、栞を失いたくない、それだけやった。

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「…なんで、兄貴やねんて」

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いつもみたいに優しく笑って『おめでとう』そう一番に言うて欲しかったんやで、兄ちゃん…。

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ガシャン。
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ドアが開いたのは、翌日の朝10時。
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リビングのドアが開くと、顔色悪い栞がおって。
眠れなかったんは、俺も栞もきっと同じ。
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「おかえり」
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「心配かけてごめんなさい」
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「無事でよかった。 こっち…」
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ソファに座るように促すと、ゆっくりそこに座って。俺は彼女の前ラグの上に座った。 
 
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「壱馬?話し聞いてくれる?」栞の方が先に口を開いて。
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いつも、先に話しをするのは俺やのに。
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いつもと違うその順番に、彼女の中でもう答えは決まってるんやなって思ったら、そっか 先を聞くのが怖くて「ん」って返事をするしかできんかった。
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栞は、一度決めたら迷わない。…揺るがない。



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「別れたい」
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あっさりと結論だけをつきつけられた。
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そう言われるのは、どっかで予想できてて。 でも、いざ栞の口からそれを告げられたらやっぱり受け止められんかった。
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「私ね……いつかこんな日が来るんじゃないかって、ずっと思ってた。
その時は自分からって決めてたの、 私が手を離すんだって。 壱馬に、夢を… 約束を、守って欲しいって思う」
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「一緒におれる方法は?ない?」
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「ん」
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「俺ががんばっても、もうあかん?」
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 「どうにもならない事だってあるから」
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「そっか、わかった。…荷物、適当におらん時に取りにくるから。悪いけど纏めといて」
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「ん。壱馬…これ」
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差し出された今まで左手にしてた指輪。
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「ええよ、捨てて。俺も捨てる」
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「…わかった」
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そう返事をすると、ソファの脇に置いてあるゴミ箱の中にカランって落とした。
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 無機質なその音が、もう全てを物語るようで。
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話し合いなんてもんじゃなくて、ただ一方的に『サヨナラ』って言われた、そんな数分。
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今まで何度もケンカして、仲直りして。
感情的に怒ったり泣いたりしてきた俺らの最後は 、想像できんくらい静かに、呆気なく終わった。
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5年も一緒におって、こんな最期…。

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『ありがとう』も『さよなら』 も言えんかった。
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 口を開いたら、一緒に涙も落ちていきそうで、何も言えんかった。
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…next
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