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Only one~scene14~
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約束の日曜日。
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大学の入学式以来着てなかったスーツに袖を通してネクタイを結んだ。
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どうでもいいって思ってたけど、やっぱりちゃんとせななって。
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 色んな事があったけど、 医者を目指せる環境におれるのは親父のおかげで。
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 自分に懐かない俺の事を邪険にする事なく、兄貴と同じように育ててくれたあの人には感謝せないかんて思うから。
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「ただいま」
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久しぶりに開けた玄関。
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そこはいつも通りきれいに片付いてて、並べて置かれてあったスリッパ。
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「おかえりなさい、壱馬くん。いらっしゃい、どうぞあがって」
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出迎えられてリビングのドアを開けると、そこには親父が座ってて。
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一気に緊張感が増す。
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「久しぶりだな、こっちへ…座りなさい」
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「ん。先に紹介する。朝倉栞さん。この人と結婚する」
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親父が、 栞と目を合わせると「とりあえず座りなさい」 って。
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「あのっ、私、一度…。彼が3年生の時に、こちらで。
 … ご挨拶が遅くなってすみません」
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俺の隣、丁寧に頭を下げた。
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「あの時の…。長い間、壱馬の事をありがとうございます」
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「いや、そんな」
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まさか親父の口から感謝の言葉が聞けるなんて思わんくて。
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「結婚か?」
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「ん。 卒業してからって思ってたけど、色々あって。やから…」

「栞さん?」
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「はい」
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「壱馬は、 川村の跡とりです。 今までの事本当に感謝してます。 でも、結婚を認めるわけにはいかない、すみません」
 そう頭を下げた。
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何言うてるん?あまりの展開に言葉も出なかった。
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「壱馬にはそれなりの人を…」
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それなり? 意味わからん。
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「ちょっ、待って。 何言うてるん? 今までずっとほったらかしにしとったやんか。
 兄貴が継いだらええやん、病院も、 川村の名前も」
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「医師免許が取れるまでは自由にってそう。 大学を卒業したら、 知り合いの娘さんと縁談が決まってる」
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「はっ?縁談?」
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「同級生にいるだろ? 小林先生のところのお嬢さん」
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「小林先生?」

小林さん…
思い当たる人は一人で。
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「そんな…。俺はっ」
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俯いて目に入った隣の栞の左手。
キュって握られてた。
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「栞、帰ろ。もうええわ」
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その手をとって立ち上がった。
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「帰ります。…ちゃんとしよって、彼女が言うから挨拶に来ただけや。 親父が何て言うても、俺は栞と結婚する。 許可なんてなくても結婚はできる歳や」
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「彼女と結婚するっていうなら、医学部は辞めるんだな。 川村の名前を捨てるお前に医者になる資格はない。 医学部に行かせるお金を出す気もない」
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「好きにしたらええ。後2年や。学費払ってもらえなくたって何年かかったって俺は医者になる。
母さんとの約束は絶対守る!」


声を荒げる俺の顔を不安そうに覗き込むその顔。
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連れてくるんやなかった…。
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「どうしたの?外まで聞こえてるよ?壱馬」
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リビングのドアがその優しい声と一緒に開いた。
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「兄貴」
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何年も顔を合わせてなかった兄貴がそこにいて。
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相変わらず、落ち着いてて…。 
この人の方が跡取りによっぽど相応しい。
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「栞?… 俺の兄貴」
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紹介しようとして振り返ると、栞の視線の先、兄貴を見て明らかに驚いてるんはすぐにわかった。
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「あっ、えっ…」
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栞もやけど、兄貴も今まで見た事ない位動揺してた。
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「えっ?驚いたな。 壱馬が結婚するのって、 栞さん?」
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「うん。栞さんて… 栞の事知ってるん?」
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『朝倉さん』じゃなくて『栞さん』ってそう呼んだ。 何で···。
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「こないだ、大学時代の友達の結婚式に行ったんだ、そこで。 共通の友達がいて」
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あの日、泣きながら帰ってきたあの日に兄貴と栞が。
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何やろ?この何かわからんけど不安に感じるこの感覚。
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「兄貴ごめん。帰るとこやから。 栞、いこっ」
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「えっ、あっ、うん」
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ちゃんと挨拶する時間さえ与えないで、 栞の手を引いて、 振り返る事もなくドアを開けて歩き出した。

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早く、栞をこの場所から遠ざけたい。
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本能やった。
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.…next
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