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Only one~scene13~
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「今度の日曜、空いてるっていうからそこにしたで」
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「ん」
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「何?緊張しとるん?」
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「そりゃ緊張するよ。壱馬はしないの?」
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「いや、俺はもう見放されてるやろうから、勝手にしたらいいって言われるだけやと思う し」
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高校卒業して、 医学部に入ったら家を勝手に出てって。
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それでも何も言わんうちの親は、もう俺の事なんてどうでもいいんやろうなってそう 思ってる。
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勝手に結婚したって、たぶん何も言わん。
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ただ親父のメンツを保つために医学部を卒業して医者になれさえすれば。
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親父の跡は、兄貴が継ぐんやろうし。
俺なんかよりも、兄貴の方が相応しい。
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嫌みでも、僻みでもなく素直にそう思う。
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人間的にも、単純に医者としても、到底及ばん…、競う気にすらなれんのやって。
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事後報告でもよかったのに
『ちゃんと挨拶したいから』ってそう言ってくれたのは栞で。
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何年かぶりにかけた親父への電話。
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「結婚しようと思うん。 挨拶に行っても…いいですか?」
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「わかった。予定また連絡するから」
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久々に聞くその声は、幼かった頃に聞いたみたいに柔らかく聞こえて。ふとよぎった、親父と母さんと3人の時間。
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『生きてたら、喜んでくれたかな、母さん…』
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「壱馬?」
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「あっ?ん。ごめん」
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「何着て行けばいいかな」って、クローゼットの中を見ながら声をかけてきた栞の後ろ姿
をぎゅっと抱きしめた。
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「ん?壱馬?」
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「洋服なんて何でもええから。形だけやし」
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「ダメだって。結婚の挨拶に行くのに…洋服買いなおそうかな」
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「えーって、ほんま」
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『美容院も行かないと』って慌てて電話をしてるのを見て『俺、結婚するんやな』って、なんか実感した。
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母さん…
俺な、結婚する。
何よりも大切やって思える人に、出逢えたから。
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栞side
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「壱馬?スーツここにあるけどさ、ネクタイ…」
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「えっ?ネクタイどこやっけ、…あったかな?」
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クローゼットの中に頭を突っ込んでごそごそしてて。
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4年前、高校を卒業して、キャリーケース1個だけ持って、うちで一緒に暮らすようになった。
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荷物なんて言える量でもなくて、そのキャリーもクローゼットの中に転がされたままだっ
た
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「あるかな…こんなか」
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蓋を大きく開けると、その中は着てない洋服と、少しの本と…。
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「壱馬、 これ何?」
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目に入ったチョコレートの缶。
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「あっ、それ俺の宝物。 何かな、ここ来るときに荷物の整理してたら目に入って。 懐かしいなって、持ってきてしもた」
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「あけていい?宝物 、見たい!」
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「ええけど…俺にとっての宝物ってだけやから、大したもんちゃうで」
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『はい』って渡されたそれは、見た目よりもずっしり重たくて。
そっと開けると、重たい理由はすぐにわかった。
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「ビー玉?」
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「そっ、あの夏に飲むラムネのな。 あの、中のやつ」
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「宝物なの?」
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「ふふっ(笑)昔な。まだ5歳とかかな…めっちゃ大事にしてた。
兄貴がくれた大事な宝物」
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そういって、その中の一つを指で挟まむと、太陽の光にかざして 。
キラキラ光が屈折して見えた。
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「キレイやろ?」
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「ん」
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『このキラキラが好きやったんよ。 小さい頃 』そう言う壱馬の顔はとっても優しくて。
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血はつながらない…そう聞いてる。
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でも、壱馬の口からよく聞くお兄さんの話。
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『ほんま、優しいしな。頭もいいし、何でも持ってるんよ、兄貴。…絶対叶わんて思う』
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お兄さんの話をする時の壱馬は、ほんと嬉しそうで、大好きなんだろうって、手にとるようにわかった。
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そこには妬みも僻みもなくて。
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『俺にとってめっちゃ大事。キモいかもしれんけど、大好きなんやって』
少し照れながらそう言って。
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「今度紹介するな、兄貴」
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「ん。 楽しみにしてる」
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持ってたビー玉を大切そうに仕舞うその顔に幼い壱馬を見た気がして。
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この笑顔の源は、お兄さんがくれた大切な思い出…。
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…next.
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