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Only one~scene10~
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わかりやすく嘘をついて、 俺から離れてった。
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取り繕うように、俯いて少し笑って…。 
俺はそれが一番嫌。 
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気持ちを抑え込んだ時にそういう風に笑うのを知っとるから。
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「何であんな事っ!」
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「そんな怒る事? そんな怒るって事は壱馬くんがそれを気にしてるって事じゃないの?
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彼女もそう…。二人とも、気にしてるって事。 自分がふさわしくないってそう思うなら、 自信がないなら、別れたほうがいいんじゃない? 彼女の為にも。自分の為にも」
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何も言い返せんかった。
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 年齢の事、未来の事… 曖昧にしてる自覚はあるから。
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でも、自分がふさわしくないなんて、そんな事は思ってない。
俺よりアイツを好きなんてありえんって、ずっとそう思ってる。
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でも…
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『好き』
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ただ、それだけを突き通してまっすぐに進めたあの頃とは違う。
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 目に見える形で、未来を彼女に示す事ができない自分に苛立つしかなくて。
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  『ちゃんと形になるまでは待って欲しい』 それは俺のエゴでしかないんか?もうわからんかった。
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ポケッットから取り出したスマホ。
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 何度ならしても、栞が出てくれる事はなかった。
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栞 side
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『先帰ってるから、気をつけて帰ってくるんやで。 待ってる。 話しよ』
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送られてきたLINE。
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「話ししなきゃ…」 別にケンカしたわけじゃない。
 『ごめんね』も『いーよ』もいらない。
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こんな時、何て言えばいいんだろう…。
何て言えば、これからも一緒にいられるんだろう。
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『わかんない…』
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答えはわからないまま、家とは反対の方角、
1人でぼんやり歩き続けた。
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辺りはもう真っ暗で、家路を急ぐ人とは明らかに歩くペースが違う自分。
歩き疲れて駅前のロータリーに腰かけた。
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はーって息を空に向かって吐くと白く変わってく。 
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視線を戻して辺りを見回せば、クリスマスカラーのイルミネーションが始まってて。
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『キレイ…』
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一番好きな季節。 壱馬と見に来れるかな。忙しそうだし、無理かな。
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今年はあのツリー行けるかな。

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考える事は壱馬の事ばっかり。
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「まさかの3回目?」
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俯く私の視界に入った、茶色の革靴。
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反射的に上げた目線には岩田さんがいた。
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「また、そんな顔してる」
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そう言って、すーっと頬をなでた。
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「やめてっ」
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触れられた頬を拭う私に「ごめん、ごめん」って申し訳なさそうに笑った。
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「どしたの?待ち合わせ?」
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「違います。今から帰るとこで、じゃあ…」
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立ち上がった私の右手がぎゅっと握られた。
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「いつからいるの?」
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「えっ?」
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「手、すごく冷たい、顔も」
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「大丈夫です。あなたには、関係ないですから」
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離そうとする手を更に強い力で握られた。
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「言ったはずだよ?3回重なれば、そればもう偶然じゃないって。この指輪の相手から奪 うって」
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「遊びなら、他あたって下さい。私、彼氏いますから」
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「知ってる。…遊びじゃない」
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「だからっ!」
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「本気だよ? 一目ぼれだった。 お蕎麦やさん。 信じてもらえないかもしれなけど、初めて会ったあの日に君の事を好きになった」
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「そんなのっ…」
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「信じられないよね? 俺だって信じられないもん。 でも、そうなの。
だから2回目会えた時は嬉しかった。それで、今日また会えて、もうこれは運命だって、そう思った」
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この人は何を言ってるんだろう。揶揄うにも限度がある。 
もう、今日は色んな人に色んな事を言われてもうぐちゃぐちゃで。 
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目の奥がぎゅーってなると、溢れてくる涙。
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駅前だとか、たくさんの人がいるとか、もう
大人なのにとか、ちゃんと頭では理解できるのに、息もできなくなる位、 止まらなかった。
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「おいで」
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そっと握られた右手首。 
引かれるまま連れてこられたのはコインパーキングで。
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「乗って。 ここなら、どれだけ泣いても大丈夫。これ着て」
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開けられた助手席に促されるまま座った。
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 肩に掛けられたムートンのジャケット。
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「気が済むまで泣いたら、送ってく。 笑えるようになってから、彼のとこに送ってってあげるから」
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「あのっ」
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「何があったのかは聞かない。 でも、俺は本気だから。 でも、今日は送ってく。
 きっと、絶対また会えるって思うから」
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パタンで閉められたドア。
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窓の外、岩田さんが自分を指さした後、 コインパーキングから見えるカフェを指さした。
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『そこにいるからね』って。
 ふーって大きく息を吐いて吸い込むと、肩に掛けられたジャケットから優しい香りがして。 
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 壱馬とは違うその香りに、違和感を感じながらも、包まれると暖かった。
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 そして、また涙が溢れた。
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 「帰らなきゃ、話しなきゃ…」
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