.
.
.
.
Only one~scene5~
.
.
.
『1個作るのも2個作るのも一緒でしょ? ついでだから』
そう言って毎日作ってくれるお弁当。
.
.
あっ…。
.
.
今日休みやん。 俺のためだけに作ってくれたんやん。
そんな事に今更気づく。
.
休みなんやから、早く起きる必要やってほんまはなかったはずやのに。
.
いつも通り俺より早く起きて、朝ごはん作ってくれて、弁当もちゃんと。
.
.
.
.
.
「壱馬くん?」
.
.
「えっ、あっごめん。ちょっと今日は…ごめん。ほんま。 今度埋め合わせするから」
.
.
何の説明もちゃんとせんまま、「えっ?何?」って言ってる小林さんを置いて、栞がおるとこまで走った。
.
.
「栞っ」
.
.
俺の声に上げた顔。
パチパチって瞬きをすると、わざとらしく逸された視線。
.
.
.
「いただきます」 そう小さく呟いて、弁当の蓋をあけた。
.
.
.
「それ、俺の…」
.
「置いてったじゃん。忘れたわけじゃないよね?」
.
.
うわっ、このトーン絶対怒ってる。
.
.
「別に好きで作ってるんだし? 感謝して欲しいとかそういうのじゃないけどさ…。そりゃ、私に大学の話しはわかんないよ?でもさっ」
.
.
そう言うと、膝に置いてたお弁当を、隣に座った俺の膝の上に置いて。
.
.
「えっ?」
.
「一緒に食べよ。 ちゃんと話ししよ? ね?
約束だもんね。 忘れてない?」
.
.
.
.
『ずっと一緒にいるために、ちゃんと話しをしよ』
.
.
.
それは、初めて雪を一緒に見たあの日にした俺ら2人にとって大切な約束で。
.
.
「覚えとる、忘れるわけない」
そう言った次の瞬間、箸で摘まんだ卵焼き、俺の口へと押し込まれた。
.
.
「話ししてみなきゃ、わかんないでしょ? いくつ年上だと思ってるの?
人生経験、 それなりに豊富だよ?私。
壱馬が思い浮かばないような答えが出るかもしれないでしょ…」
.
.
下を向いて銀杏の葉を足でかさかさやって…その横顔はちょっと頬が膨れてた。
.
怒ってるのに、何なん?その拗ね方…。
かわいいって思ってしまう。
.
.
「ふっ(笑)」
.
「笑うとこじゃない!」
.
「あっ…ん、ごめん。ごめんなさい。 俺が悪い。 弁当…ごめんなさい」
.
.
「…ぃーよ。
謝ってくれたから、許すよ…。
でもお弁当は半分ずつたからね。
私だっておなかすいてるんだから」
.
「えー、半分なん?俺、足らんもん、そんなん」
.
「知らない! おなか空かせたらいいんだから!」
.
.
摘まんだ2個目の卵焼きは、自分の口に入れて「ん、おいしい」って目を大きくさせて。
まさかの自画自賛(笑)
.
.
『いーよ』って言った彼女は、引きずる事もなく、いつもの柔らかい雰囲気を纏う。
.
.
こんな風にすぐ切り替えできるとこに、俺は何度も救われてきた。
.
.
.
お互い交互にお弁当を食べて、本当にきっちり半分こ。
全然食べたりんけど、モヤモヤはなくなって。
.
.
「俺、 今さっきな、ゼミの子とメシ行こうとしとって。…女の子やねん」
.
「ふふっ(笑)相変わらず、嘘はつけないのね」
.
「後ろめたいままおるん無理なんやって。 素直に言うて謝った方がええって思うから」
.
「いーよ、それも許す!壱馬のそういうとこ、いいとこだって思うから。
でも、今日、帰りにお土産ね」
.
「えっ?またピノ新作出たん?」
.
「(笑)今日はハーゲン、6個入りね」
そう悪そうに笑った。
.
.
.
こんな、小さいケンカはちょこちょこあって。
でも 『別れたい』 それを、口にする事は一度もなかった。
.
.
.
.
「ごめんなさい」
.
「いいよ」
.
.
.
.
そうやって、ずっとやってきた4年間。
お互いにしっかり 『好き』 だと感じてたから、その気持ちを疑った事はなくて。
.
.
.
でもずっと抱えてる、もう一つの思い。
そこからは目を背けたまま2人の時間を重ねてた。
.
.
.
『俺の未来を全部やる』 その言葉に返ってきた返事は『いい、いらない!』だった。
.
.
.
いつか、この手から離れて行く日がくるかもしれない...。
『好き』 だけじゃ離れていくかもしれないその不安。
.
.
でも何の根拠もない先の約束なんて、できるはずもなくて。
.
.
.
今がこのまま続く事を、ただ願うしかできなかった。
.
.
.
…next
.
.
.
.
.