.
.
.

『愛する人の幸せを願うなら、この手を離す』
.

そんなん、本気で好きなら言える訳ない。
ずっとそう思ってきた。
.
好きなら、自分の手で幸せにしてやりたいって思うんが普通やろ?って。
.
.
.
そうじゃない 『愛』 を教えてくれたのは
大切に思う彼女と、もう一人。
.
.
…その人も、俺にとってはたった一人の人やった。
.
.
.
.
.


.

.
Only one~scene1~
.
.
.
.
.
あれから4年。 私は29歳になった。
.
壱馬と出会った秋がまたやって来る。
.
.

2年前から国語の先生してもう一度教壇に立つようになった。
.
.
.
『栞なら、大丈夫。俺が知ってるどの先生よりも一番いい先生やで?な?』
そう壱馬に背中を押してもらって…。
.
.
不安を抱える私にいつもそう言って手を握ってくれる。
.
失ったはずだった夢を、またこの手にできたのは、彼のおかげだった。
.
.
.
.
「もう行くん?」
.
寝ぐせのついたひどい髪のまま寝室から出てきたと思ったら、腰に腕をまきつけた。
.
.
「もぉっ!新学期そうそう、遅刻しちゃう!」
.
そう言ってるのに、聞こえてるんだか聞く気がないんだか、 腕の力は弱まる所が離される気配すらなかった。
.
.
「壱馬? 今日から新しいゼミ始まるんでしょ?遅刻しちゃうよ?」
.
「ん」
.
「聞いてる?」
.
「ん」
.
「寝てる?」
.
「ん」 
.
「チューする時間なくなるよ?」
.
「あかん!」
.
パっと離れた体。
パチパチっと瞬きをする顔、相変わらずなその顔に頬が緩む。
.
.

「行ってきます」
.
ちょっと背伸びをして、軽く重ねた唇。
.
.
「気つけてな」
.
「うん」
.
.
.
.
こんな日常が、もう4年。
.
暖かくて、笑顔に溢れてて。
たまに、ケンカしちゃう事だってあるけども、それでも、別れたいなんて一回も思った事なんてなくて。
.
.
 永遠にこんな時間が続くんだと、今が続いて未来があるんだって、何の疑いもなくそう信じてた。
 .
 .
 .
 .
 .

壱馬 side
.
.

テーブルに置かれてる朝食。
.
摘んだ卵焼き。 俺好みの味。
.
時計を見ると、まぁまぁ危ない時間。
.
慌てて顔を洗って、着替えて、用意されてる朝食の前に手を合わせて座った。
.
.
「いただきます」
.
.
一人で食べる朝食も不思議と寂しさはなくて、静かな部屋の中に彼女の気配を感じてた。
.
.
高校を卒業して、程なくして、転がり込むようにして一緒に暮らし始めた。 
.
収入があるわけでもなく、家の事やって特別何かができるわけでもなくて。 
.
経済面も、生活面も甘えてばっかやってわかってるけど、それでも 『先行投資だから』って、 栞はそう言って笑ってた。
.
.

それが、未来を約束してくれてるみたいで、ただ単純にうれしかった。
 一緒にいればいるほど、 好きが増えてって…。
.
.
.

こんだけ一緒におって、重ねてきた時間も愛情も、壊れるのなんて一瞬やってそんなん知らんかった。
.
.
.
『お前よりも、彼女を愛してるって言える、 俺の方が幸せにしてあげられる』
.
そう、俺に言う人…。
.
.
.
.
.
.
何でなん。
.
.

『おめでとう』

俺は他の誰よりも、そう言うて欲しかったのに。
.
.
.
…next
.
.
.
.
.

壱馬&栞ストーリー、続編はじめまーす。
よろしくお願いします。 himawanco