.
.
「行くか?」
.
「…いいの?」
.
「もちろん」
.
.
ソファに座る彼女の前、車の鍵をひらひらさせると、申し訳なさそうに目を細めた。
.
.
.
.
.
「いつも、ごめんね」
.
.
そう言って、俺の元を訪ねて来たのは30分前。
.
付きあってたはずの俺はフラレて、彼女は好きでもないやつと結婚して。
.
やのに、こうやって俺の前で嘘の笑顔を浮かべてる。
.
.
.
『政略結婚』そんないつの時代や?みたいな話が俺の身に起きて。
.
.
『家とか、そんなん全部捨てて俺のそばにおればいい』
.
そんな事、何の覚悟もない俺には言えんかった。
.
.
『お前を苦しめるような事は言いたない』
.
そんなとって付けたような言葉しか言えなくて。
.
.
.
何も言わずにただ頷いて俺の元を去って、こんな関係になって、もうすぐ1年。
.
.
.
.
「行ってもいい?」
.
短いそのLINEが、彼女のSOS。
.
「待っとるな」
.
.
そう返事を返したら、洗濯物を片付けて、掃除機かけて、彼女の好きなカモミールのキャンドルに火を点す。
彼女が少しでも居心地がいいように。
.
.
うちに来てコーヒーを飲んだら、ドライブに。
いつも決まってそのコースで。
.
.
.
「夜の車の中は何か特別だよね。落ちつく」
.
行き交う車も少ない深夜。
.
オレンジが、等間隔に並ぶそれをぼんやり見つめる彼女に、何の言葉をかけるわけでもなく、ただアクセルを踏み続けた。
.
.
俺は知ってる。
暗い車内、俺の視界の左隅、彼女がそっと涙を拭うのを。
.
気づかないふりをしてるだけ。
相変わらず踏み込む勇気も、壊す覚悟もなくて。
.
.
.
「壱馬?」
.
「ん?」
.
.
彼女が口を開いたんは、信号で止まった交差点。
.
.
「彼にね、私がこうやって壱馬と会ってるの知られちゃったの」
.
「えっ…」
.
「だから、今日が最後」
.
「そんな…」
.
いつか終わりが来るなんてわかってたはずやのに、1年てその時間が。
このままこうやってずっと一緒にいられるんじゃないかって、そう感覚を麻痺をさせてた。
.
勝手に頭の中は、純愛やってそう変換して。
.
.
終わりの時は、もうすぐ。
タイムリミットまでの時間をどう過ごすのがいいんか、そんなんわからんくて。
.
.
いつも行く、山の中腹にある公園に車を停めた。
.
窓の外へ視線を向けたままの彼女。
.
.
「こっち向いてや?」
.
「ん」
.
.
返事はyesなのに、口元をひくひくさせてこっちは向いてくれん。
.
.
.
.
「帰りたくない。…壱馬といたい」
.
.
…初めて聞いた。
.
.
いつも帰り際、笑って背中を向けてたのに。
無理してるなんてわかってても、そんな風な顔をむけられたら何も言えんかった。
.
.
ほんまは、ずっと、こんな風に…。
.
.
.
.
.
「最後にね、一つお願いがあるの」
.
「ん?」
.
.
.
.
.
.
「生まれ変わってもさ、また私を見つけてね」
.
そう言うと俺の肩に頭を預けて、『約束だよ?』そう呟いた。
.
.
.
「ん…約束な。やから、俺が行くまで待ってとけよ。
.
…誰のもんにもなるな」
.
.
.
.
.
.
抱き締めた彼女の向こう、目映い位の明るい星が降り注いでた。
.
.
.
.
.
.
.
********
.
.
.
.
.
「今日、星が綺麗やで。ドライブ行こか」
.
.
カモミールのキャンドル。
その向こうに彼女がいる。
フレームの中、永遠に優しく笑ってる。
.
.
.
.
.
「絶対見つけるからな、心配すんな」
.
.
.
.
あの星の中に、彼女はいる。
.
.
..
…fin
.
.
.
.
.
重たいな…。ん…重い。辛い。
でも、衝動的に書きたくなるやつ。
.
.