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Reverse~scene13~
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「とりあえずこれで…。 痛い?」
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「まぁ、痛みを感じる感覚は、普通にあるからな、俺も」
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手当って言えるほどではなかったけど、 消毒をして包帯で捲いた左手。
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ふとあげた視線。
 私と目が合うと「ふっ」って微かに表情が緩んだ。
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「お前、ほんま怖いわ。まさかナイフを自分に向けるとか想像できんかった。
もう無理やりどうこうとか、せん。約束する」
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「えっ?」
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「お前に死なれたら、あいつも後追いそうやし。 そしたら、俺も道連れやし」
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いつもと違うトーンの言葉。 
ふーって自分の中の緊張が和らいで。 
ピンってはってた背筋が丸くなる。
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「紗良…」
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優しく呼ばれた名前。
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「…光の中で生きてくんはしんどくないんか?」
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 「えっ?」 
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「やっ、何でもない」



慌てたように逸らされた視線。
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「行ってみる?」
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「はっ?」
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 「外、 光の中…」
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「いやっ、俺は…」
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「キレイだよ、とっても」
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『ほら、 いこっ』 ケガしてない右手を握って立ち上がって、そのまま真っ直ぐに玄関のドアに手をかけた。
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「行くよ!」
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教えてあげたかった。
キレイで、光のある世界を。
…見せて上げたい、ただそう思った。
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カズマside
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開かれたドアの向こう。
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知らない明るさ。
眩しくて目が開けられない。
頬に当たる風が優しくて、その風が連れてくる甘い匂い。
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「金木犀がね、 近くに咲いてるの」
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「これ、その匂いなんか?」
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「ん」
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鼻の奥がくすぐったくなる位の甘い匂い。 でも嫌じゃない。
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「ちょっと歩こ?」
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「はっ?」
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「いいから」
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鍵をガシャガシャしめると、俺の2メートル先、タンタンって階段を降りてく。
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 その背中は、もう俺に恐怖を抱いてるそんな雰囲気は微塵もなくて。
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「もっと警戒せぇよ、ほんま」
そう呟いて、後を追いかけた。
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隣を並んで歩くのは、違う気がして…。
紗良の少し後ろを。
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鳥の鳴き声、車が走る音。
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それに混じる 「ふんふん」って、 小さく聞こえる紗良の鼻歌。
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熱い夏が終わって、日差しがちょっと和らいで秋の風が連れてくる金木犀の香。
知らなかった世界がそこにはあった。
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「カズマ?」
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「…っ」
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「カズマでいいんだよね? 呼び方」
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あんなに拒んでたのに、すんなりそう呼んで。
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その声に呼ばれる自分の名前に、胸がトクンってなる。
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「ん…合うてる」
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「あそこ、 座ろう?」
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紗良が指さした先には、大きな木の下にベンチがあって。 
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街中やのに、そこだけ切り取られたみたいな場所。
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「ん」
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先に座って、「んー」 って背伸びする彼女から、間隔を取って座る。
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見上げると、 葉っぱの間からキラキラした光が降り注いで。
『光』 その言葉が示すものがしっかり感じられた。
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「光の中、どう?」
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「ん…しんどない。 慣れんけどな… 違和感アリまくりやわ」
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「ふふ(笑)」
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それ以上言葉を交わさずにゆっくり流れていく時間。
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眩しいのに、目を瞑りたくなくて、まっすぐ上を見上げてた。
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「カズマは…」
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「ん?」
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「…ごめん、何から聞いていいかわかんないや」
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「何やそれ」
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視線を彼女に向けると、 左右に瞳が揺れてて。
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「もう、何もせんて言うたやろ? そんな怯えた目すんなや。何を聞かれたって、怒ったりせん」
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「…カズマは、壱馬くんとは別人なんだよね?」
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「…そやな。あいつから、『嬉しい』『楽しい』 って感情を失くしたのが俺やな」
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「えっ?」
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「俺は5才のままで止まってる。 そっから向こうはずっとこっち側には出てきてなかったからな。 あいつにその部分をやって、俺は影になった」
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「じゃあカズマは?」
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「ん?」
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「カズマには何があるの?」 
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「何もない。…別に何もいらんやろ、俺は。こっち側の人間やないんやから。
 嬉しいも楽しいもなくても、 何ともない」
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少し震えながら、ゆっくり握られた右手。
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 「嬉しい、楽しいは、主観だからあげられない…。
 でもっ『あったかい』それなら私にでも…」
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  「離せっ!」
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「いやっ、 離さないっ!」 
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「そんな恩着せがましい事すんな!」
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「そんなつもりじゃない!」
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さっきまで怯えてたのが嘘みたいに、必死に俺の手を握ってて。
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 どうしたらいいんかわからんくて、もう諦めて、その手から反対を向くしかなかった。
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すると、彼女は俺の手をひいて、立ち上がって歩き始めて…。
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「どこ行くんやって!」
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「わかんない!でも、行くの!一緒にっ」
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伝わってくる彼女の手のぬくもりが、同情なのか、哀れみなのか…。 
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そのどちらでもないのか、俺にはわからなかった。 
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自分の中に少しずつ湧き上がるそれにつく名前を、俺は知らない。
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