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Precious one~scene18~
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『やめてっ!…ャア!!』
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その声に我に返って、開いたドアの向こう。
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リビングには、部屋中の物が散乱してて、その真ん中で、手首を押さえつけられた彼女の姿。
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「何してんや!」
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力いっぱいそいつの体を引きづって、彼女から引きはがした。
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 抱き起こした彼女の体は大きく震えてて、「もう、大丈夫やから」 そう伝えると、頷きなが ら浅い呼吸を繰り返す。
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「どんな奴かと思ったら、まさかの生徒かよ」
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そう吐き捨てた、そいつと目があう。
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俺が乗り込んでくると思って、わざと鍵…。
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「栞? わかってる?自分がしてること。 コイツ、いくつだよ?
何?ドラマでも見て影響されちゃった?
 普通じゃないよ、こんなの」
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『普通じゃない』 その言葉に息を飲んだ。
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『普通』なんて意味わからんって思ってずっと生きてきた。
俺には関係ないって。 
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でも、俺とおったら彼女は普通じゃなくなるん?
彼女を巻き込む…。
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「お前なんかに、栞は渡さない。学生はとっとこ帰って、勉強でもしてろ!」
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掴まれた俺の肩。
引き上げられると、 嘲笑うようなその瞳に俺が映って。
とっさに握った拳を大きく後ろに引いた。
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もうどうなったってええ。
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迷ってる場合じゃない。 
彼女を守れるなら、もう…。
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「川村くん!!」
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啓介 side
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『川村くん!!』
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その声と同時にそいつの後ろにいたはずの栞が、俺の前に飛び込んできた。
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何してるの?俺を守る必要なんて。
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とっさに止められたそいつの手。
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「栞… なんで? 俺の事なんて…」 
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ゆっくり振り返ると、俺の手をぎゅっと握った。
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「泣かないで…啓介」
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えっ?何で…俺泣いてるの?
ひどい事してるのは俺の方だよ?
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 頬の涙を拭ってくれる小さい手。
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「啓介?ごめんなさい…。 あなたをここまで追い込んだのは、私だから。
 たくさん、愛してくれた。
 …一番辛い時に、支えてもらった」 
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違う…そんな事を言わせたいんじゃない。
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「もういい…それ以上。 いいから、 栞」
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初めて会った時、「よろしくお願いします」 ちょっと緊張したまま、ふわっと優しく笑った。
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好きになるのなんて、一瞬だった。
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俺を見上げて笑う、その顔が好きだったのに…。 もうどれくらい見てないんだろう。
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好きだから、独占したくて。
それが歪んでいってるのだって、ちゃんとわかってた。
繋ぎとめておく方法が、他には見つからなくて…もう限界だった。
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 「もう終わり」 ってそう誰かに決めてもらいたかった。 自分が自分じゃなくなるみたいで、怖かったから。
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どれだけ「愛してる」って伝えても、抱きしめても、一度も「愛してる」 とは返してくれなかった。
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視界に入る、割れたフォトフレーム。
そこには優しく笑う君がいて。
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俺に向けられてなくてもいい…、 笑ってて欲しい…そう思う。
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「啓介…ごめんなさい」
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またそう言わせてる。
「ごめんね」なんて聞きたい訳じゃない。
泣いてる顔なんて…。
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「栞? 手…右手、貸して?」
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震える栞の右手を包んで、指輪を外した。
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「啓介...」
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「これで、もう終わりだよ? 」
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自分の指輪も外して、テーブルの上にそっと置いた。
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「栞、笑って?…最後だから、お願い」
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両手で栞の頬を包むと、涙でぐちゃぐちゃの顔のまま、目を細めてぎこちなく笑った。
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「へたくそだな(笑)」
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その時、俺も同じようにぎこちなく笑ってたんだろうなって思う 。
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…それでもきっと、最後は笑えたはず。
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栞side
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ゆっくり立ち上がって、玄関へと向かう啓介。
何かをふと思いだしたように私の方へ向かってきた。
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「啓介?」
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「栞にじゃない、こいつに」
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私の後ろにいた川村くんの制服を掴んでぐっと持ち上げた。
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「今ここで、約束しろ。 栞を大事にするって。 何があっても、絶対泣かしたりしないって!」
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川村くんがグっとその手を掴み返して、真っすぐに彼と視線を合わせた。
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「お前に言われる事やない!」
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「ふっ、大した自信だな。 栞、泣かされるような事あったら、いつでも帰って来い。
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…後、お前に一個だけ。 『先生』 である事を栞から奪うような事は絶対するな、それだけは頼む」
そう頭を下げた。
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「約束する。 絶対、それだけは守る」
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その言葉を聞くと、 静かに部屋を出てった。
ガシャンって無機質な音が部屋に広がると、体の力がすーって抜けて。
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「せんせ!」
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川村くんのその声と、抱きとめられた腕のぬくもりに安堵感が広がって、意識が遠くなっていった。

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