.
.


Precious one~scene17~
.
.
.

「俺、話するから」 
.
「いや、それはいいっ! … 大丈夫だから」
.
「無理に決まってるやん、俺も行く!」
.
彼氏とちゃんと話をして別れてもらうって、頑なに言うてて。
.
.
そんなん無理に決まってる。
.
何されるかわからんやん。
.
 俺が行ったら、冷静に話しなんかできないからってそう言うけど 。
ちゃんと話せばわかってくれる人だからって。
.
なんか、ソイツの肩持つ、その感じも気にいらん。
やけど…ここはグッと堪えて。
.
.
「わかった。じゃあ俺、近くで待ってるから、話終わったら連絡して」
.
「うん」
.
「せんせ?」
.
「ん?」
.
「好きやで?」
.
.
そっと握った右手。冷たかった。
.
.
「ん、だから、知ってる(笑)」
.
そう小さく笑うと、 俺の手をそっと離してマンションへと入っていく。
.
.
.
.
俺は、何ができるわけでもなくて、近くの公園でスマホを握りしめて、彼女からの連絡を待った。
.
やっぱり一人で行かすべきじゃなかったんじゃないか。
俺が行って力ずくでも。
.
いや、彼女を信じるべきなんじゃ…。
.
.
色んな事が頭をグルグルする。
時計を何回確認しても、時間なんてなかなか過ぎていかん。
.
帰って来るん6時過ぎいうてたっけ。
.
.
6時30分。
まだ連絡はない。
.
.
7時。
待ってるだけがもう限界で。
.
 もしかして、何かあったら…そう思うとどうしようもなくて、俺は二人が一緒に暮らすマンションの部屋の前まできてた。
.
ここまで来て、どうしたらいいのか戸惑う。 乗り込んでく?
そもそも鍵開いてないやろうし。 大人しく待っとく?
.
.
でも次の瞬間、ドアの外にまで大きく響くガラスの割れる音。 
とっさにドアを大きく引いた。
.
.
.
「っ…開いてる」
.
.
.
.
.
.

栞side
.
.
「話したい」
.
そう啓介に連絡を入れて、自宅で待つ。
.
.
不思議と落ち着いてた。
それは、もう自分の中でしっかり気持ちが固まってるからだと思う。
.
 川村くんの事が好き、もうこの気持ちから逃げるわけにはいかない。
 .
 あんなに、真っすぐに私を思ってくれる彼の気持ちに応えたい。
.
.
テレビボードに飾ってある写真。
そこに映る私は、ちゃんと笑ってる。啓介も…。

こんな顔をもう啓介には向けられない。
そして、啓介のこんな顔を見る事ももうできない。
.
このまま続けていける関係じゃない…。 
どうやってでも終わりにしなきゃいけない。
.
.

「ただいま」
.
扉が開く音に、体にぐっと力が入る。
.
「おかえりなさい」
.
「話しって?」
.
ダイニングに座る私の目の前に立つと、「何?」 って。 
.
その冷たい瞳に、「別れて欲しい」 たったそれだけの言葉が、喉にひっかかって出てこない。
 .
 見下ろされる視線に、手が震える。
.
.
さっき川村君が不意に言ってくれた 『好き』。
きっと伝わった私の不安。 あったかい手で包まれた右手。
それを思い出すように、ギュっと握り直した。
.
立ち上がって、ふーって息を吐いてから、彼と視線を合わせた。
.
.
「別れて欲しいの」
.
「はっ?」
.
「好きな人がいる、ごめんなさい…別れて? 啓介」
.
「何で?…何でだよ!!」
.
.
目の前のリモコンを手に取ると、イライラをぶつけるように投げつけて。 
手近にあるものを手にとっては、力任せに壁へと…。
.
怖くて、何もできなかった。 
「やめて…」 そう小さく呟くしか。
.
.
「栞ぃ! 」
.
.
聞いたことのない怒りに満ちた声。
 ぐっと掴まれて引かれた右手。
体制を崩してそのまま床へと引きずられて。

「やめ…て… おねがい」 
.
「お前が悪いんだろ?…お前が」
.
それだけ言うと、飾ってたフォトフレームを壁に思いっきり投げつけた。
.
ガラスの割れる大きな音。
.
覆いかぶさる体。 首筋を這う唇の感覚に、首を振って抵抗するしかできなくて。
.
.
.
「やめてっ!…ャア!!」


.
.
.