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Precious one~scene15~
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盛大にフラれた次の日。 
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それでも俺の足は、やっぱり彼女のいる場所へと向かってた。 
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いつもならカウンターに電気がついて、そこにいるはずやのに。
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真っ暗なままの図書室。ドアに手をかけると鍵がかかってて。
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なんで?明日、ちゃんと来いって言うたんはそっちやんか。
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連絡…そう思って取り出したスマホ。
今更になって連絡先を知らん事に気が付いた。
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「はぁ、『朝倉栞』…それしか知らん」
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火曜、水曜…いつ行ってもそこに彼女はいなくて。もう2度会えないんやないか…。
そう思ってしまう。
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『 会いたい』
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でもどこに行けば会えるのかなんて、俺にわかるわけもなくて。 
ほんまに名前しか知らんのやなって。
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…結局、その週彼女に会うことはなかった。
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今日会えなかったらもう諦めよ。そう決めた翌週の月曜日。
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 『おってくれ』
 やっぱり、簡単に諦められんくて。
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遠くから見て、そこに電気がついてる事に気づいて、駆け足でドアを開けた。
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「おるやん」
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「あっ、川村くん。おはよう」
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そう小さく微笑んだ。 
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あんな風に拒絶されたのに、やっぱり俺は会えた事に舞い上がってしまってて。
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「ちゃんと学校来いって言うたんは、そっちゃん。 何で先週…」
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「あっ、うん。ごめんね。 ちょっと風邪ひいちゃって」
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「えっ?もう大丈夫なん?」
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「ん、大丈夫」


何やろ…感じる違和感。
風邪ひいてたから?
顔色が悪くて…、ただでさえ白い肌が透き通るみたいに見えた。
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でも、こないだの告白なんてなかったみたいに、いつも通りに話ができてホッとして。 
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もうこれでええやんな。これで十分や。
これ以上望まん。 
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たとえ思いは通じなくても、同じ場所で同じ時間を過ごせればいい。 
俺の居場所におってくれるだけで。 
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たとえ、少しの時間でも彼女の一番近くにおれたらええ。
そう決めたんやって。
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苦しませたくはない、泣かせたくはない。
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先生でおれる事を望む彼女から、その場所を奪う事にだけは絶対に…。
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「私、 仕事溜まってるから」
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「あっ、うん。俺いつもんとこにおる」
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いつもの場所に座って、本を読む。
あぁ、やっぱりここが落ち着く。
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カタカタとPCを叩く音が止んだら、ゴロゴロと本を片付ける台車の音と一緒に俺の方にやってきた。
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たくさん乗せられた本を一つずつ丁寧に確認して棚に戻すその横顔。 
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キレイやな。 
好きや、やっぱり。
諦めたはずの感情の蓋が開きそうで。
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手に取った本を一番上の棚に戻そうと背伸びをしてた。 
こないだ届かんかったやん、俺やるし…それ。 
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近寄ってって、しまおうとする本にそっと手を伸ばした。
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「一番上なん?」
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 「あっ、ありがとう」
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近くに感じる彼女の体温、もうちょっとで手が触れそう。
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「えっ、…何、それ?」
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袖から見えた細い手首が、不自然に紫に染まってた。
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「いやっ」
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慌ててシャツの袖をひっぱる手を握った。
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「ごめん、ちょっと見せて」
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背中がゾクってする位の嫌な予感。
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彼女のシャツを上に引っ張ると指の後がくっきり残る。
反対も同じように残された跡。
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「これっ」
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「何でもないっ!」
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俺に背を向けた瞬間、ふわってなった髪から見えた首元。
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 俺にでもわかる、それが何を示すか。 
 その赤紫の跡。
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やから、今日髪結んでないんか。
抱いた違和感はそれや…。
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「待てって!」
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掴んだ腕。
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本棚に背中がぶつかる距離まで近づいた。 ずっと視線は俺から外したままで。
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「何でもないとか、そんなん信じられるわけあるか!」
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首を左右にふる。
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一番上まできっちり留められたシャツのボタンに手を伸ばした。
その手を制する彼女。
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 俺の手をぎゅっと握って、さっきよりも大きく首を振った。
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だんだんと涙が溜まっていく瞳。
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「手…のけて?」
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ぽろっと涙が零れたら、強く握った手を諦めたように緩めて。
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ゆっくりボタンをはずすと、そこに見えた痛々しい跡に目を伏せた。
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 真っ白な肌が赤だったり紫だったり、 それは、彼女を自分のモノだと主張する証。 
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  こんなになるまで…。
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「これ、俺のせいやん、…な?」
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また大きく首を左右に振って。
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ウソや。
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だって学校に来んようになったのは、俺と海に行った翌日。
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「俺、何も知らんくて…。ごめん、こんなっ…」
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「…違う」
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「違わん!!」
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その俺の声に上げた視線。
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溜まってた涙がすーって落ちてった。
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「…違わんやろ?何があった?ん?」 そっと拭った涙。
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「…助けて…川村くん」
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…next
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