.
.
.
Precious one~scene14~
.
.
.
川村くんを送り届けて自宅に戻って駐車場に停めた車。
エンジンを切って、ハンドル頭を預ける。
.
.
『好きなんや』
.
その声が耳に残る。
.
.
衝動的に触れてしまった…。
『先生なのに』
それを踏み越えた。
.
.
自分がしてしまった事にただ謝るしか出来なくて。
.
川村くんを傷つけた…。
それだけは明らかだった。
.
.
儚くて、脆そうで…。
何色にも染まってなくて。
.
誰よりも…『人を信じたい、真っ直ぐ生きていきたい』そう願ってる。
川村くんはそんな子だった。
.
.
そんな彼に『好き』なんて。
そう言ってもらえる…私にそんな資格はない。
.
.
白じゃない方が生きやすい…。
私は、そう諦めてしまったから。
.
.
だから…。
『…でも、好き。川村くんが好き』
それは、言えなかった。
.
.
.
「ただいま」
.
明かりのついたリビングに声をかけると、ソファに座る啓介の姿。
.
.
「今日早かったんだね? ごはんすぐ作るね?」
.
かばんを置いて、エプロンに手をかけたところで、掴まれた手首。
.
「ん?」
.
「どこ行ってたの?」
.
「えっ…仕事」
.
「早退したって…」
.
「…っ」
.
「たまたま別件で学校に電話したら、栞、体調悪くて帰ったって。携帯も何回も電話したんだけど」
.
.
かばんに入れたままの携帯。
電源を切ってる事を思い出した。
.
.
「ごめん。ちょっとっ」
.
「ちょっと何?」
.
.
掴まれた手が痛くて、体に力が入る。
.
.
「海、行ってたの?この匂い」
.
私の髪にそっと鼻を近づけた。
.
.
「誰と?男と一緒だったの?この香水」
.
.
川村君の上着…。
.
.
「ちょっと色々あって、連絡できなくてごめんなさい」
.
.
腕がもげそうな力で引っ張られた体。
寝室のドアを乱暴に開くと、モノみたいに放り出されたベッドの上。
温度をなくした瞳。
感じたことない恐怖に、息ができなかった。
.
.
「イヤ…やめて…」
.
「俺以外なんて許さない。認めない!」
.
.
あっという間に着ていたものは剥ぎ取られて、大きな手が私の体を乱暴に撫でる。
.
.
「啓介!ャッ!イヤ!!」
.
.
.
.
.
**************
.
.
.
「学校、当分休むって連絡いれたから」
.
「えっ…」
.
「家にいろ。 どこも行くな。 要るものあるなら、俺が買ってくるから」
.
.
バタンと閉められた寝室。
啓介がいなくなった事に安堵感を抱いた。
それが正直な気持ちで。
.
.
瞬きするのが精いっぱい。…体中が怠くて、動けなかった。 かろうじて手が届いた毛布をたぐり寄せて包まると、思い浮かぶ顔。
.
.
「…学校ちゃんと行ってるかな」
.
.
いつも窓際で本を読む、彼の横顔が瞼に浮かぶ。
.
「川村くん…」
.
.
.
.
.
その日から......毎日、空が白んでいくまで。
.
.
「愛してる、愛してる…栞」 うわごとのようにそう呟いて、涙を流す啓介。
.
『その思いに応えなきゃ』、『私のせいなんだから』そう思うのに、気持ちも体もついていかなくて。
.
力任せに抑えつけられた体。
肌が赤紫に変わる位、伝えられる『愛してる』も。
.
受け止めなきゃ…なのに。
.
.
遠ざかりそうになる意識を、何度も引きよせられて。
愛しあう行為とは、程遠かった。
.
.
思考回路は、機能しなくなってて…。
どうしたいのかも、もうわからなくて。
.
外に出ようと思えば出られたはずなのに、寝室のドアさえ開けられなかった。
.
.
恐怖と罪悪感。
それ以外の感情はなくなって。
.
朝が来るのを待つことしか出来ない。
.
.
.
.
「栞っ、 好きだよ… 愛してる」
.
.
本当なら嬉しいはずのその言葉…。
.
.
「ごめんね」 ってそう言うしかなかった。
.
.
.
.
どれだけ強く抱きしめられても、私はその背中に腕をまわす事はできなくて。
.
.
.
.
.
「ごめんね」 は言えるのに「愛してる」は一度も言えなかった。
.
.
.
.
.
…next
.
.