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Precious one~scene13~
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「えっ…」
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ゆっくり離れていく唇。
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何これ?
もう、俺の処理速度をはるかに越えるスピードで進んでいって、全然追い付かん。
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瞬きを繰り返す俺の手をぎゅっと握って、彼女は口を開いた。
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「生徒なのにって、ずっと思ってた。 今でも思ってる。
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…でもっ、でも」
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そこから先は何も言ってくれんくて…。
ずっと俯いたまま肩を震わせてた。
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「ごめんなさい。こんな事…ほんとごめんなさい」
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俺の手を離して立ち上がろうとする彼女。
その手を握り直して、俺の目の前に座らせた。
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「でも、何? それは、俺が期待してええ答えなん? 生徒じゃなかったらええの?
やったら、今すぐ学校なんてっ!!」

「そんな事させないっ!後3ヵ月で卒業なのに!」

「じゃあ、 卒業したら!」

フルフルと首をふる彼女の肩をぐっと掴むと、真っ直ぐ俺の目を見つめる。
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「高校卒業して、大学行って。…医学部、決まってるんでしょ?
未来があるあなたと私は違う。 私なんかじゃなくて、もっとっ…、これから先っ…」 
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「そんなん勝手に決めんなや。 先のことなんて、誰にもわからん。
俺は、未来のために生きてるわけちゃう。
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今が、欲しい。
一緒に居れる今が欲しい。
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それだけでいい…。 側にいてくれるだけでそれでええから」
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「…そんなっ」
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「なぁ?俺はいてないん?年上とか先生とかそんなん全部取っ払って、センセの中に俺は少しもいてないん?」
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まっすぐ俺を見てた視線が下に落ちる。
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「…年上だし、先生なの。それは変えられないの」 
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「それが答え?年上なんて、そんなん一生埋まらんやん」
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「…ごめんなさい」
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ただ謝るだけで。
謝って欲しいんやない。
…そんな顔見たいんやない。

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ようやく口にできた思いは、見事に玉砕。
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「好きじゃない」 そう言ってくれたらすっぱり諦められたのに。 
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触れられた唇が、震えてた。
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「でも…」の後の飲み込まれた言葉は…何?
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自宅に帰って、見上げた天井。
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やっぱり、俺は一人。
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それでいい。
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そう思うのに。
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知ってしまった彼女の鼓動、震える唇。
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涙が溜まる大きな瞳。
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なかった事になんて出来るわけない。

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.「諦め悪っ。ダサっ、俺」
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海の香と、彼女の香水が混じるそのジャケットを着たまま眠りに落ちてった…。
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「目ぇ覚めたら、夢やったらええな、全部」
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こんなに苦しいなら『愛しい』なんて知りたなかった…。
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…next
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