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Precious one~scene12~
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車の中でパンを食べて、彼女の運転する姿と、外の景色を交互に見ながら時間は過ぎてった。
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車の揺れからなんか、彼女が口ずさむ歌が心地いいのか、俺は眠ってしまったみたいで。
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「着いたよ」
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その声に目を開けると、目の前には彼女がいて、耳にはザザーって音が聞こえて、懐かしい匂いがした。
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「海?」
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寝ぼけたままの頭でそう聞くと
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「うん、そう」
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嬉しそうに助手席に回って、ドアをあけてくれた。
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目を擦りながら外へ出ると、暖かくて優しい風が俺を包む。
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「海なんて、いつぶりやろ?」
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「そうなの?じゃあ、ここにしてよかった。今日ね、この時期にしては珍しいくらいあったかいって、朝テレビで言ってたから。どうかな?と思って。
でもやっぱり冬だね、ちょっと寒かったかな」って、体を丸める彼女。
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そういや、ニット一枚しか着てなくて。
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「上着は?」
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「電話うけて、鞄だけ持って出てきちゃったから」
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俺が着てた上着を彼女の肩にかけると「川村くん、風邪ひくよ?」って。
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「ええから、着といて」
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俺のために急いで来てくれたんやろ?
これ位当たり前やん。
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冬の海、まして平日の昼間。
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人なんておるはずなくて。
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視界には、海と砂浜だけ。遠くに小さく船が見えた。
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「ちょっと歩こ?」
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「ん」
先に砂浜に降りた彼女の背中を追う。
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「やっぱ、無理。 この靴じゃ」
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靴を脱いで逆さにすると、中から砂がさーって落ちた。
そりゃ、ヒールで海なんて来るやつおらんやろうしな。
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「ほら、乗って?」
彼女の前にしゃがんで、そう声をかけた。
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「えっ?何?」
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「何って、おんぶ」
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「無理!」
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「何で?」
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「いや、無理だって。私重たいもん」
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「いや… 俺、男やで?余裕やし」
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「無理無理。 川村くん、ケガだってしてるし」
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「あ"ー! もうつべこべ言うてないで、乗れって。 乗らんかったら、お姫様抱っこするで!」
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「えっ…わかったよ」
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渋々俺の肩に腕を回すと、ゆっくりと体を預けてきた。
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「大丈夫? ほんと、無理だったら降ろしてくれたらっ…」
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「おとなしく乗っとれって!」
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彼女を背中に乗せて、波打ち際までゆっくり歩く。
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背中に感じるぬくもり。
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ドキドキしてるんかな? 少し早い心臓の音が背中から伝わってくる。
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それを感じて、俺もドキドキが止まらんかった。
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「ここにしよか、降ろすで」
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「ん、ありがとう」
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並んで座ると、さっきよりも波の音が近い。
肌に当たる風、いつもと違うその風の感覚が気持ちよくて、そっと目を閉じた。
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「もう、何かぜーんぶどうでも良くなるよね」
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「ん?」
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さっきまで海を見てたはずの彼女が、 俺の方を向いて、「ね?」って。
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「前の学校を辞めた後…よくここに来てたの。 何も考えたくなくて、もう全部どうでもよくて。…でも、どうにかしたかった」
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「矛盾してるよね」 そう言って笑った。
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「どうにかしたいって思ったから、今があるんやろ?」
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「ん…そうなるかな」
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「がんばったって事やんな?」
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「夢だったから、先生。 こう見えてね、結構負けず嫌いなの」
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「結構、見たまんまやで?(笑)」
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そう茶化すと、 頬を膨らせた。
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またひとつ、 好きが増えた。
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「がんばってくれて、ありがとうやな」
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「ん?」
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「がんばってくれたから、俺らは出会えたんやろ?」
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あかん…。伝えたい、この気持ち。
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彼女の右手をそっと掬い上げた。
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「これ、 結婚する約束してるん?」
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「えっ?」
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「俺にも、まだチャンスはある?」
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「川村君?」
「昨日、一緒におったん、たまたま見た。
…お似合いやった。
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でもっ、俺もがんばるから!
隣に並んでもおかしくない位、がんばるからっ…」
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「何言って…」
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「好きなんや。 最初は一目ぼれやった。
でも今は…もう、見た目がどうとか、そういうんじゃなくて…。いや、変な意味じゃなくてっ。一緒におりたいって、…側におって欲しいって」
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こんな風にちゃんと告白なんてしたことなくて、 ずっと下を向いたままでしか伝えられんかった。
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俺の視界に入る彼女の両手。
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ポタポタと涙が掌に落ちていく。
慌てて頭を上げると、口元をぎゅって結んで涙を溢す。
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「何で?何で泣くん?泣かんといて」
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泣かせたいわけじゃないんや。
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やっぱり言うんやなかった…。
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「ごめんっ。やっぱええわ、今の聞かんかった事にして? 今まで通り…っ」
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最後まで言う前に、ゆっくり重ねられた彼女の唇。
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音が…空気が止まった。
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…next
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