.
.
愛のカタチ~scene37~
.
.
.
ー 8年前ー
.
.
.
「カンナ?どんだけ遅くなってもいいから、連絡して?」
.
.
そうLINEを送って返事があったのは、その日の夜22時過ぎ。
.
.
 待ち合わせをしたのは、大学の頃よく行った大きな川沿いのベンチ。
.
.
学生だった頃は、バカみたいに時間だけはあって、でも金はなくて。
.
 どこに行くでもなくて、この場所で流れる川を見ながら、2人で何時間も過ごした。
 .
 .
 話した内容なんて、取るに足らない内容だったんだろうけど、カンナはいつも俺の隣で笑ってた。…その時間が大好きだった。
.
就職したって、ずっとこのまま一緒にいられるんだって、疑った事もなかった。 
.
俺の腕の中すっぽり収まるその体を抱きしめて「ずっと一緒にいような」 そう約束した。 
.
未来を…。
俺の未来はこいつと…って、漠然としてたけど、そう思ってた。
.
.
.
.

「ごめんね、遅くなった」

コツコツ響くヒールの音。
.
「足が痛くなるからヒールは嫌い」 そう言ってたのに。
  もう、大学時代とは違うって事か。
.
.

「いや、大丈夫。ごめんな、呼び出して」 
.
「んーん、私も、臣に話…」
.
.
.
きっとカンナが言おうとしてる事は、俺が今から伝えようとしてることと同じな気がして。 
.
お互い仕事が楽しくて。
必然的に忙しくなるにつれて会う時間も、 電話する時間すらなくなっていってた。
.
 「もう、この辺が限界」 きっとお互いにそう感じてた。
.
.
いや、それは俺の勝手な想像でしかないのかもしれない。
.
.
『別れよう』
そう言おうって決めてきたはずなのに、いざ目の前にすると、その決心は揺らいだ。
.
.
.
だってまだ…、俺は。
.
.
「カンナ...」 
.
「ん?」
.
「俺さ、年明けから中国に行く事になった」 
.
「そっか。さすがだね。臣には敵わないな、私」
.
.
ふわっと笑ったその顔。 
やっぱ、無理。こいつを手放すなんて俺には出来ない。
.
.
.


「一緒に…行こう?」 
.
これが最後の賭け。
.
ぎゅっと抱き寄せたら、俺のスーツをギュって掴んで体を離した。
.
.
.
「ごめん、行けない」
.
わかってた。カンナがそう答えるって。
.
.
「私ね、…臣っ」 その先を聞く前に重ねた唇。 
『サヨナラ』をカンナの口から、聞きたくなくて。
.
.
ゆっくり唇を離して、彼女の体を反転させた。
.
.
「ん。 一人で行くから、大丈夫。 お前もがんばれ。 今までありがとな」
.
.
「臣っ!私」
.
.
カンナが振り返らないようにギュッと手に力を込めた。 
だって、もうこの時に俺は泣いてたから。
.
.
「そのまま行け! 振り返るな、いいな?」
.
ポンって背中を押すとコツコツって少し歩いて。 でも、すぐに足は止まった。
.
.
.
.
.
「行けって!!!」
.
.
.
.

.
これが俺の精一杯。
.
溢れる涙が、俺の頬を伝って。
.
.
 川沿いの街灯に浮かぶその後ろ姿は小さくて震えてた。 …カンナが泣いてた。

.
.
自分で背中を押したんだ。サヨナラって言ったんだ。
.
追いかける事なんてできるわけない。
これでいい。 これしか俺にはないんだってそう信じるしかなかった。
.
.
…どれだけ泣いても、涙は止められなかった。


.
.
.

.
もし、あの時…
.
.
どんな形でも側に居られたら、俺らの今は違ったのかな。
.
壱馬じゃなくて、俺の隣にお前はいたのかな。
.
.
.

.

… 壱馬に見せるその笑顔は、俺のモノだったのかな。

.
.
.



…next
.
.