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愛のカタチ~scene35~
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「ありがとうございました。これから宜しくお願いします」
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新しいクライアントとの契約の日。 
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部長の臣さんが同行するって事はそれだけうちにとって重要って事で。
 緊張しないなんて到底無理。
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 俺は、ただ隣で言われるがまま資料を出して、頷くだけやった。
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俺の隣、臣さんがちゃんと要点をしっかり抑えて、相手の質問にも間髪入れずにしっかり答えて。
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歩み寄れるとこ、ここは譲れないとこ、ちゃんと話してた。
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さすがやな…ってそう思うしかなかった。
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「何か食べて帰るか?前祝い的な。
帰ったら、結城に焼肉連れてってもらおうぜ、高いやつ(笑)」 
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「っはい。ですね」 
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「壱馬、地元だろ? どっか案内しろよ」
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2人で入った飲み屋。
ビールを飲んでた臣さんが開いたPC。 
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 「はっ?」
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  聞いた事のないそのトーンに、向かいでビールを飲んでた俺の手も止まった。 
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  「…何だよ、これ」
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臣さんの隣から覗き込んだPCには、常務からのメール。
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『結城には、少し休んでもらうことにしたから、彼女の仕事をフォローしてやってくれ』
そんな内容だった。
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「壱馬、電話! カンナに!」
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「はいっ…」
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『カンナ』 そう呼んだ…。
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カンナのスマホ。何度呼び出しても繋がる事はなくて。
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「あのっ、俺」 
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「飛行機の方が早いか」そう呟いた、臣さん。
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PCをカタカタやってるなって思ったら 
「17時の飛行機、急ぐぞ」って立ち上がった。
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「あのっ、 臣さん新幹線は…」
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 「『一秒でも早く帰る』だろ?」
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走り出しそうなその背中を俺も追っかけた。
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『 一秒でも早く』それは、俺の為?
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…カンナの為?
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羽田に着いて、荷物を持ったまま向かったカンナのマンション。 
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部屋の中には、いつも持ってる鞄が置きっぱなしで、スマホもその中に入ったままやった。
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「どこ行ってん…」
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もうどこを探してええかなんてわからん。 

会社と家の他にあいつの居そうなとこ…全然わからんくて。
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 でもっ、ここでおっても。一秒でも早く見つけなあかん。
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エレベーターを降りた時、エントランスから駆け足で入ってきた小さい男の子とぶつかりそうになって、慌てて飛びのいた。
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「あっ、すみません」
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「いや、うちの子がっ、すみません」
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ポケットから落ちたスマホと家の鍵。
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その鍵を手に取った小さい手が
「これ、さっきのおねぇちゃんとおなじだ」って俺に差し出した。
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「えっ?」
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「さっきこうえんにいたおねぇちゃん、これもってたよ。 いいおとするんだよね?」
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「おねぇちゃん?こうえん?」
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「ん、 ないてた」
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『ないてた』
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「泣きたくない」 いつもそう言うてた。
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「可哀想」そう見られるのを、何よりも嫌ってた。
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…やのに。
カンナが泣いてる。 一人で泣いてる…。
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「公園どこ?あのっ、どこですか?」
 男の子のお母さんに教えてもらった場所。 自然と走りだした…。
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辺りはもう薄暗くて公園の灯りが小さくぼんやり灯ってた。
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隅におかれたベンチ。 
そこに見つけた小さい背中。
冬やってのに、コートも着ないで会社からそのまま来ましたみたいな恰好。
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俯いたままの横顔。
髪がかかってどんな表情なんかは読み取れんくて。 
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大きく息を吸い込んで、その影に近づいた。
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俺の気配を感じたんか、上げた顔。
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「壱馬、どしたの?」
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「何してるん? 寒いのに」
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「ん?」 
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「携帯は?」
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「あー、家に忘れちゃったかな。ごめんごめん。連絡くれてた? ちょうど帰るとこだから。今日、どうだった?大阪っ」
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 立ち上がりながら、何もなかったみたいな顔をして、淡々といつもみたいに話し始めた。
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「常務からのメール、あれ何なん?」
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「ん、ちょっとね。お休みしようかなって」
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「理由は?」
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「ん、たまには良くない? 有給消化」
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ふふって笑って「ほら、帰ろう」って。
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歩き出したその腕を捕まえた。
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「何なん? 何で俺には何も言うてくれんの?そんなバレバレな嘘つくん?…なんでよ」
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こんなタイミングで鳴り出したスーツのポケットのスマホ。
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連絡をしてきたのは臣さんで。
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「もしもし」
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「壱馬?結城、いた?」
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「あっ、はい。今ちょうど、家の近くで見つけて」 
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「そっか。ちょっと代わって?」
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「はい… カンナ? 電話。臣さんから」
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俺の差し出したスマホを躊躇いながらも耳にあてた。
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「もしもし?」
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「バカかっ、お前はっ!」
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電話の向こう、今まで聞いた事もない声が聞こえた。
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…next

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