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愛のカタチ~scene32~
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…眠れんかった。
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翌朝まで待って、7時に送ったLINE。
返事はない。
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その後スマホを鳴らしても出なくて。
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「何かあったんじゃ…」
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やっぱりあのまま一人にするんやなかった…。
もう置いて帰った事が後悔でしかなくて。
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スウェットの上にアウターだけ着て向かったカンナのマンション。
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鳴らしたインターホンにも返事はなくて。 
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いつやったか照れくさそうに「これ」 って渡してくれた部屋の鍵。
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初めて使うのがこんな日なんて。
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そーっと鍵を差し込んで回すとドアはカチャって開いて。
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もし、ちゃんと眠ってたらこのまま帰ろうって、そう思って開いたリビングのドア。
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テーブルの上、フタが開けっ放しのアルコールの瓶、半分まで減ってた。

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東都におった頃、本社で成績トップだった時に、常務にねだって買ってもらったって言うてた高いウイスキー。
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『壱馬もトップ取れたら一緒に飲もうね』 ってそう約束してたやつ。 


「こんなキツイ酒…そんな飲み方するやつちゃうやん」
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ソファの下に丸まって眠ってるカンナ。
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その左手にはスマホが握られたまま。 
LINEのトーク画面。相手は俺で。
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『行ってもいい? これから』そう打ち込まれてた。
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 後は送信押すだけやん。
 これって、ここで躊躇って止めたってこと?

ギュって目を瞑った。
助けてってそう聞こえた気がして。
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何で…俺、置いてきたんや。
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閉じた瞼に溜まる涙。
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『ごめん…カンナ』 そっと頬に触れた。 
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ゆっくり目が開くと、その瞬間に溜まってた涙が真っ直ぐ落ちてった。
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「…壱馬?」
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「一人にしてごめん。ごめんなカンナ」
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ゆっくり起き上がるその体を抱き寄せた。
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「お酒くさいから…」 
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「関係ない、そんなん」
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「…眠れなくて」
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「ん」
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「壱馬、ごめんなさい。 私、2人で食事なんて行くんじゃなかった…。
もっとちゃんと、警戒してれば…」
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「お前は何も悪ない」
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「でもっ。 壱馬だって、こんな私…」
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「俺が何や? 俺は言うたやろ?何もなかったって」
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「私の事、嫌にっ…」
「なるわけない!」
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最後まで聞かずにその先を制した。
なんで、こんな事で俺がカンナの事を?
そんなんあるわけない。
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ギュって抱きしめてた手に力を入れると、肩が小さく震えてた。
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「消えなくて…... 意識が遠のく時に、触れられたあの手の感覚、耳元の声がね、消えてくれないの。…消したいのに」 
って、息苦しそうに言葉を繋いでた。
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「俺、 おるから。大丈夫。ほら、ゆっくり息吸ってみ?」
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苦しそうにするカンナを抱きしめたまま、どれくらいそうしてたやろうか。
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少しずつ、 呼吸のタイミングがゆっくりになって落ち着いてきた。
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そっと体を離して近づけた唇。
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「あかん?怖い?」
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「わかんない」 そう首を左右に振って。
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「目開けといて。…カンナに触れる手も体も全部俺やから。俺が全部消すから」
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「ん」 
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消えてくれないなら、俺がどうやってでもそれを消してやるって。
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その方法が今、これしか思い浮かばんかった。
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強張る彼女の体をほぐすように、優しく何度も触れて、キスをして。
 記憶の中に俺しか残らないようにそう願いながら体を重ねて。
 
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  俺の手に重ねられた手が震えてて、その手を何度も 「大好きや」 ってそう伝えながら、握り直した。
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眩しい太陽の光が差し込む部屋の中、涙の跡が残る頬が紅く染まっていく。
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「目、開けて?」
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呼吸が浅くなって、もうお互いに限界が近づく。自然に目を閉じたくなる衝動をその言葉で遮った。
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「お前には俺しか映らんでいい。俺だけや」
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しっかり開かれた瞳には揺れる俺が映る。

「ん…」
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小さく聞こえた返事と一緒に涙が頬を伝った。
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「…壱馬、ありがとう」
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「それ、ちゃうな」
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「えっ?」

「ありがとうは、いらんかな」

「…ん、大好き」

「そうやな、それが正解」
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…消せない記憶。
 
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そんなん、思い出す間もない位俺がずっとそばにおる。
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…next
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