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simple〜scene20〜
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「何か、食べれる?…冷蔵庫勝手に開けちゃったけど」
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「ん、…腹は減ってる」
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「ふふっ(笑)、じゃあそこ、座ってて」
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俺をダイニングに座らせると、ちょっと嬉しそうにキッチンに向かう彼女。
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「壱馬が冷凍うどんとか…そんなの食べるんだね。冷凍庫あけてびっくりしちゃった」
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「あっ、ん」
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「はい、たまごうどん。関西の人は親子うどんって言うんだっけ?」
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「ん…親子…」
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目の前に差し出された鉢には、卵とじになったうどん。
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「おかゆって思ったけど…、こっちの方が食べやすいかもって」
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「ありがと。いただきます」
そう手を合わせてふーふーってすすったうどん。
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「うまっ」
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「よかった」
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優しくて、あったかくて。
これを俺の為にってそれが、ただ嬉しくて。
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「來夢、今日仕事……」
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「あっ」
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バックの中のスマホを確認すると、少し笑ったように俺には見えた。
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「台風だから、お休みだって」
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「ん、そっか…そうなんっ?っじゃあ、もうちょいさ…」
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「ん。大丈夫。…いるよ、ここに」
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何かこのタイミングで、少しでも彼女といられる時間が持てる事が、ほんま『運命的』っていうか。
こういう時にこそ『運命』って言葉って使いたいって。
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「雨…すごいよね」
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窓辺に立つ彼女の後ろをおっかけて、俺も隣に立った。
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「天気よくなったらさ、またここで一緒に酒飲も?」
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「…ん」
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「あっ、そうや」
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ソファの上に置いてあった鞄から取り出したキーケース。 そこから外した鍵を彼女の右手に握らせた。
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「いつ来てくれてもええから。俺は、お前にやましい事は何もない」
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「ほんと壱馬、かわんないね。相変わらず、極端」
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「俺はこうしかできん。それ以外は知らんのやって」 
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どんな事をすれば彼女がどう思うとか、そこまで頭は回らんくて。 
ただ、俺は自分が『これ』って思う最善を彼女に示すしかできんかった。 
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ぎゅって俺の目の前、小さい手が俺の家の鍵を握る。
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「…そこがね」

「ん?」
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「壱馬のそういうとこが好きなの、私。
再会して、それが変わってなくて、すごく嬉しかった。
好きだって思ってた壱馬が、そのまま、また現れて。嬉しかったよ?私」
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「ん」
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「3年前のあの日もこうだったでしょ?
明日東京を離れるって私にこの部屋の鍵と、クレジットカード。
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『信用してるから』
何の迷いもなくそう言った…」
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「自分の目には自信あるから」
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「ふふっ(笑)そう言ってた、あの時も。 壱馬ありがとう。そのままでいてくれて」
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「來夢やってそうやん」
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「えっ…」

「『自分の名前を生きてみる』それを大切にしてやろ?」
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覗き込んだその顔。
真っすぐに涙が落ちてって…、何か言おうとしてるように見えた。
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「來夢?」
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「…なんでもない」
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俺の知らない3年。
きっと色んな事があった。嬉しい事も、そうじゃない事も。
 小さくてほっそいこの体で必死に。 
そう思ったら、すっと右手で抱き寄せてた体。
俺の肩に顔を埋めて。
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「壱馬…壱馬…」
何度も俺の名前を呼ぶと、「逢いたかった」そう小さく、消え入りそうな声で呟いた。
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何も知らない。
会えない間に変わってしまった何かがあるのかもしれない。
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でも変わらないものも、きっとあると、そう信じたかった。
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この時、俺に何か言おうとしてた。それはわかったのに…それ以上は何も聞けなくて。
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『聞けなかった』
…いや、ちゃうか。
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『聞かなかった』
それが正しい。
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…next
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ここまで長かった。とりあえず2人の気持ちは通じあったとして。 後はどうするかね、直人さん。 himawanco