旦那とは、統合失調症の世にも不思議な世界線で出会った、わけではない。
だいぶ落ち着いた頃に出会ったから、おかしな私を見ていない。
だから、付き合いはじめの頃は、騙せるものなら騙してしまえとか、そういうわけにもいかない…とか、悩んだ覚えもある。
思い切って、メンタルクリニックに通っていることを話した時に「心の風邪は誰でもひくから」と、昔のうつ病のキャッチフレーズを言っていたので、あれは風邪ではないな、と心の中で思った。
旦那は、何があったか知らない。
そして、聞いてもこない。
ただ、私がずっと苦しんでいることだけ知っている。
その苦しみを見て、旦那のいとこさんがメンタルをやられて壮絶な日々があったから、なんとなく想像がつくことはある、と話してくれた。
旦那がどんな風に関わって、何があったのかは、私も聞かなかった。
私はいとこさんに会っていたし、知られたくはないだろうと思った。
私は、今でも当時を思い出すと、生きていることに罪悪感を覚える。
まるで、死刑囚か何者かのようだが、自分の中ではそういう位置づけをしているのだろう。
死んで詫びれるものなら、そうしたい。
でも、関わらないのが一番の謝罪だろうと思い、言い訳や申し訳ない気持ちを飲み込む。
それに、狂った自分を認めることも出来ないから、結局、謝罪ではないのかもしれない。
ただただ、いろんな感情を飲み込むしかないのだ。
旦那は「ひーさんは大変だね」という。
それ以上は、何も言わないし、何も聞いても来ない。
ただ、私の存在を認めてくれるだけで、それだけで充分なのだということに気づく。
私は私を消してしまいたいけど、この人は「大変だね」と、私の存在を認めたうえでの発言をする。
私は少し許された気分になる。
それも、また、旦那から見れば「大変な一部」なんだろうけれど。
旦那は、気の利いた言葉なんて言わない。
ただ、一線を引いたかのようにも聞こえる「大変だね」を少し笑いながら言う。
いつも私を全力で認めてくれる旦那が、そう言うからもう少しなら生きてもいいかと思える。
私は早めに死にたいし、旦那みたいに長生きしたいなんて全く思わないけれど、“今すぐ”ではなく“早め”で済むのは、「心の風邪」だとまだ言ってる何も知らない(かもしれない)旦那が、今の私を包み込むように認めてくれるおかげだろう。
謎の女と結婚までした旦那に感謝しかない。