旦那と出会った時、私は色々とやらかした後だったけれど、生きようとしていたのだと思う。
統合失調症の物事が宙に浮いたようなあいまいな世界から少し落ち着いて、収まるべき場所に物事が着地した時、見えてきたのはこのままでは生きていけないということ。
貯金はもう無かったし、仕事もやめていたし、独身30代の事故物件の私がいた。
絶望的だなと判断出来ていたから、だいぶ“何でもありの世界”は抜けていた。
とりあえず、お金がいると思った。
就活する自信がなかったこともあり、婚活から始めた。
婚活はしたことがなかったので、大変さがわかってなかったこともある。
幸い、自治体の婚活支援が始まっていた時期だったので、友達と縁を切らないといけないような私でも出会いがあった。
高望みが出来る“私”では無いから、ちょっとクセがあるけど、仕事は真面目にしている人を探そうと思った。
いい人なんて期待してはいけないから、(あまりよくない表現だが)ストレートに言えば“ATM”さんを探すしか、自分が生きていく手段はないと思った。
マッチングした人で、10歳年上でクセがあって安定職をしている人と、早々に会うことが出来た。
とにかく声が大きくて、会話をするのが凄く恥ずかしかった。
車が人目を引く赤いスポーツカー風で、女子高生にじっと見られて(美人さんなら似合うだろうけれど)平凡な私が乗り降りするのが恥ずかしく、2回目のデートは私の軽自動車で動くことにした。
まさしく私が望んでいた展開(ちょっとクセがあるけど、仕事は真面目にしている人)だったが、心がどんどん息詰まっていくのを感じて、就活をしようと強く思った。
自分で稼がなければならない。
アルバイトだけど事務職が決まって、2カ月くらい経って少し落ち着いた頃に、婚活イベントで旦那に会った。
イケメンではないけれど清潔感はある感じで、会話が上手なわけではないけれど続かないわけではない、あまり話を振ってはくれないけれどこちらが話した内容に乗ってくれる、同い年の男性。
貴重だと思った。
その頃には、何人かの男性と会ったことがあり、同い年以上だとクセがある男性がほとんどで、こんなにクセが無い人がいるなんて、珍しいと思った。
一生懸命話をして、仲良くなろうと思った。
幸運も重なったと思う。
一緒のテーブルに座ることになったもう一人の女の子が、女子にも優しいタイプの人だったこと。
フリータイム前の最後に会った組み合わせが旦那とだったので、フリータイム中もそのまま話が出来たこと。
そんな幸運も重なったこともあり、旦那とのマッチングが実現した。
思い返してみると、どうしようもない私が早めに死にたいと話せるまで回復した転機が、この日である。
そうでなければ、今頃、気持ちを整理する暇もなく、ただ泥沼の中で自分の感情の持っていき場も見つけられないまま、職場でも感情をうまくコントロールできず、早く死ぬすべを実行していた可能性が高いと思っている。
過去を振り返って早く死にたいと思えるのも、今、生活が安定したからで、ようやくそこまで来れたとも言える。
安定しているからこその、過去への後悔や懺悔でもある。
早めに死にたいと言えるのは、奇跡的に旦那と会えて結婚して、ようやくたどり着いた場所だと思う。
死にたい感情も、今の生活とのギャップから生まれていて、幸せだからこそ過去の自分の行いに苦しむのである。
だから、どうしようもないし、これから先もこの感情と付き合っていかないといけない。
ありえない幸運に出会ったからこそ、ようやく言えるのである。
あの時、生きなければと思い、行動したことで、奇跡的な幸運に出会えたと思っている。
早めに死にたいは、まだ生きてる私の切実な思いで、後悔と懺悔から生まれている。
旦那と出会って無かったなら、泥沼の中で早く死にたいと言葉にならない感情でもがき苦しんでいたと思う。
早めに死にたいという後悔と懺悔の付き合い方は、まだ分からないが、そう言えるネガティブと幸運にも出会えたのだと思っている。